奈良県における病院再編後の脳梗塞救急診療体制に関する地理的分析
医療資源の配置において、人口カバー率を重視するか、人口集中地に十分な量の配置と重きを置くか。20分の患者搬送時間を惜しむか、効率的な拠点化を目指すか。
奈良県は、大阪や京都に近い県北西部に人口 9 割が居住し、医療機関も集中している。県南部で面積が県全体の 6 割超を占める南和医療圏は、人口 6 %に過ぎず、二次医療圏として見直しも求められている。
医療機関へのアクセシビリティは、場所を問わず地域医療における大きな課題である。現在、南和医療圏では 3 つの公立病院(県立五條病院、町立大淀病院、国民健康保険吉野病院)があるが、2012 年経営統合を済ませ、2015 年に救急病院を新設、その後に五條病院と吉野病院を療養期の病院に転換し、大淀病院は閉院される予定である。奈良県ではこの他、2016 年に県立奈良病院(奈良市)の移転が予定されており、人々の受診動向が少なからず変化する。新設される救急病院においては、担う医療機能がまだ検討中の段階で、過疎化や少子高齢化等の地域状況の変化を含め、必要な医療ニーズの適切な把握、検討が求められている。
本稿で扱う脳梗塞は 2005 年に rt-PA 療法が保険適応として認められ、大きな治療効果が挙げられている(文献 1、2 参照)。ただし rt-PA 療法は発症後 4.5 時間以内のできるだけ早期に治療終了が求められる厳しい制限があり、発症後いかに早く治療可能病院に搬送されるかが重要である。本講座は地域に最適な医療提供体制を構築するため、2010 年に医療需要分析、医療提供目標作成、医師の適正配置等の教育研究を任務として、奈良県と本学との協定に基づき新設された。本稿では、脳梗塞の救急医療体制に関し、本研究室で得た知見を報告する。
奈良県内における脳梗塞予測発症数等を踏まえ、rt-PA 応需病院の人口カバー状況と拠点病院新設および移転後の変化をシミュレーションする。
まず県内および市町村別の脳梗塞予測発症者数につき、年齢調整済み脳梗塞 発症率(文献 3 参照)を、現在および将来推定人口(文献 4 参照)にあてはめて求めた。次に奈良県が運用する「なら医療情報ネット」(文献 5 参照)より rt-PA 療法を行いうる医療機関を抽出し、地図上で示した。
そして2005 年国勢調査昼間人口 4 次メッシュを用いて、脳卒中救急に対応できる医療機関から自動車にて 20 分、40 分、60 分圏内の人口カバー率を求めた。同様に、救急病院新設および県立奈良病院移転後、それらが rt-PA 療法を行うと仮定した場合の人口カバー率を算出
した。さらに病院新設および移転後、各市役所および町村役場から rt-PA 応需病院へのアクセス時間につき OD コストマトリックス解析を行った。
2010 年人口をもとに算出した奈良県の脳梗塞予測発症数(初回発症のみ)は年間 3,575 名である。総数は 2030 年まで増加し続けるが、rt-PA 適応の慎重基準の 1 つである 75 歳以上を除いた数に限ると、2015 年にピークを迎え、その後は減少する(図 1)。
2013年1月現在において、rt-PA 療法が可能な医機関は 13 病院である。これらの病院に自動車で 20 分、40 分、60 分以内に到達できる地域が図 2 である。
GIS 上で奈良県上に重なる 2005 年国勢調査昼間人口 4 次メッシュは 1,445,590 人で、20 分、40 分、60 分圏の人口とカバー 率は以下の通りであった。
20分圏内 1,327,746人(カバー率 91.8%)
40分圏内 1,403,004人(カバー率 97.1%)
60分圏内 1,415,313人(カバー率 97.9%)
救急病院新設および県立奈良病院移転 後、人口カバー率は以下となる。
20分圏内 1,351,389人(カバー率 93.5%)
40分圏内 1,404,282人(カバー率 97.1%)
60分圏内 1,416,535人(カバー率 98.0%)
表 1 は各市役所・町村役場から rt-PA 応需 病院(新設および移転後)までの自動車所 要時間である。
現在、rt-PA 応需病院から 20 分圏内に奈良県人口の 91.8 %、40 分圏内に 97.1 %が居住しており、速やかな発見と受診・搬送により大きな治療効果が期待される。現在 rt-PA 応需病院と、南和医療圏に新設される救急病院および移転後の県立奈良病院も応需可能と仮定した場合、rt-PA 療法応需病院の人口カバー率は、20 分圏では 1.6 %増加するが、40 分圏および 60 分圏では 0.1 %の増加にとどまる。県立奈良病院は現在および移転後も近隣に rt-PA 応需病院が複数あり、この変化はおよそ専ら南和の新病院による。
rt-PA 療法は特に早期であればあるほど効果が高まる治療であるが、もし 20 分圏の人口カバー率を重視するならば、新病院は rt-PA 療法に対応する機能を持つべきであろうが、40 分または 60 分圏を許容するとすれば、新病院がその機能を持ったとしても人口カバー率への影響は限られている。紙面の都合上、本稿では示せなかったが、脳梗塞は高齢になるほど発症は増えるものの、rt-PA 療法は高齢では合併症を生じる可能性が高く、81 歳以上は慎重投与基準、すなわち控えめに適応を判断すべきとされている。(文献 6 参照)
南和は他地域に較べ高齢化が進んでいる医療圏であるが、年齢別予測発症数と病院へのアクセシビリティと、そしてこれは難しいことだが、地域の人々が求めるニーズも踏まえた上で、病院が持つべき機能につき多面的な検討を行わなくてはならない。一方、南和の新救急病院が rt-PA 療法を行うとしても、同医療圏に属する野迫川村(年間予測発症数 2.7人)と十津川村(同 15. 5 人)、下北山村(同 4. 7 人)、上 北山村(同 2.7 人)では 60 分以内の rt-PA 応需病院への搬入が見込めず、rt-PA 適応の脳梗塞が疑われる場合、ドクターヘリの使用をためらうべきではないであろう。
脳梗塞に対する rt-PA 療法が行える地域医療体制を考えるために、現在および中核病院新設および移転前後における人口カバー率等について比較検討を行った。複雑な問題を多く包含する地域医療において、GIS を用いて可視化した分析は、議論と合意形成に有用と思われた。