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事例

GIS が広げる行政、企業、住民の協調による地域の環境問題解決の可能性

慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス 厳研究室

 

地域環境ガバナンスのためのGISツールの適用

GISベースのエコマップで地域緑地のエコロジカルなサービスを定量評価し、地域環境計画の策定、住民参加型のまちづくり、地域環境ガバナンス実現への活用をめざす。

慶應義塾大学では文部科学省の21世紀COE(Center of Excellence)プログラムの一環として、GISを利用した地域環境の定量評価の研究が行われている。本研究では、従来困難であった地域内の緑地エコシステムサービス(大気汚染物質除去など)の定量評価がGISを導入することで可能になり、それを地域住民に明示的に提示して現状を認識することで、行政、企業、住民の協調で地域環境問題を解決する、いわゆる地域環境ガバナンスの実現可能性が高まることが示されている。

地域環境ガバナンス実現のためのGIS

エコロジカルプラニングにはエコマップと呼ばれる地図が用いられてきた。海外では1960年代から、国内では1970年代から実践され、自治体ではよく地域環境特性地図として作られている。

しかし、紙地図の限界から地域環境地図は環境ガバナンスに充分に活かされたとは言えない。地理情報技術の発達がもたらしたエコマップの新しい可能性から地域環境ガバナンスを現実のものとする期待が生まれてきた。

人手に頼る更新が必要で更新頻度が低い紙地図に対し、衛星リモートセンシングによる高精度、高頻度な観測で更新されるデジタルデータ。表現が固定され多様なニーズへの対応が難しい紙地図に対し、効率的なデータ管理、柔軟な分析が可能なデジタルデータ。デジタルデータとそれを処理するGISが、エコマップに新しい可能性と機能性を与える基盤となりつつある。

アメリカ森林保全機構(American Forests)は都市緑地の大気汚染物質除去効果、炭素固定と年間吸収効果、水涵養効果、省エネルギー効果等のエコシステムサービスを定量的に評価するGISツールCITYgreen(ArcView3.xおよびArcGIS用エクステンション)を開発し、ワシントンやシカゴに適用し、コミュニティベースの植林と環境に配慮したまちづくりの推進に役立てられている。

日本国内においてはこのような行政や住民が利用できるレベルのツールの開発、実用化の事例はない。

そこで、慶應義塾大学の研究でCITYgreenが国内に導入され、地域ガバナンスへの活用が試みられたのである。

横浜市のエコマッピング

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図1 エコマッピングと
エコシステムサービスの評価方法

横浜市を対象地域として、衛星データ、デジタル地図、フィールドデータを統合的に用いて地域のエコシステムの空間構造をとらえるエコマップを作成。エコマップ作成のポイントはミクロスケールからマクロスケールまで、内容が重層的で複雑なエコシステムをどうとらえるか。本研究では景観生態学の原理に基づき、エコシステムを要素、構造、機能からとらえ、エコシステムの要素(エコトープ)、構造(エコストラクチャー)、機能(エコシステムサービス:環境効果)を示すように、図1のような階層的なマッピングの方法を採用している。

街区レベル、地区レベル、地域レベルの3つのスケールで環境サービスの構造をGISによって各種データからモデル化し、エコマップを作成した。

街区エコマップ

街区エコマップは、図2(a)の大型斜面緑地を持つ武蔵工業大学横浜キャンパス(以下サイト1)と図2(b)のその近辺の低層住宅地(以下サイト2)についてマッピングを試みた。航空写真の判読から樹木キャノピー、緑地、建物、道路をデータ化し、樹木については樹種、高さ、直径、健康状態、成長状態などを現地調査した。

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地区エコマップ

地区エコマップは都築区を対象に作成した。地形、地質、植生、土地利用、用途地域の各地図上のカテゴリを検討し、地区レベルのエコトープを定義し、その定義を基準に分類した地区エコマップを完成した。

地域エコマップ

ASTER衛星画像を用いて土地被覆を分類し、Urban Forest, Open Space, Water area, Cropland, Impervious surfaceとして地域レベルのエコトープを定義し、横浜市の地域エコマップを作成した。

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エコサービスの評価

街区レベルの街区エコマップ、地区レベルの都筑区エコマップ、地域レベルの横浜市エコマップのそれぞれをCITYgreenに入力データとして入力し、街区の樹木がもつ炭素貯蔵量、年間炭素吸収量、大気汚染除去効果を評価した。

街区レベルについては、サイト1の面積が29.4haのうち3分の1以上が樹木であり、この炭素貯蔵量は820t、炭素吸収量が1年に18tである。

また、オゾン、二酸化炭素、二酸化硫黄、粒子状物質、一酸化炭素などの大気汚染物質を年間で1071kg除去する。これを経済的価値に換算すると671千円と評価される。

サイト2は住宅地であり、家の敷地内にある小さな樹木が多いため、樹木の被覆率が8%と低く、樹木の汚染物質除去効果の評価は51千円となった。

都筑区では農地、水面、緑地を合わせると、自然的土地利用が区域の30%に上り、不透水面は60%前後となっている。CITYgreenの評価は、炭素貯蔵量が32,700t、年間吸収量254t、年間大気汚染除去量が約31,968kg、貨幣価値で約2,000万円となった。

横浜市全市では、8,582haの樹木キャノピーがあり、91万tの炭素貯蔵量、7,100tの年間炭素吸収量を持ち、大気汚染除去は89万t、貨幣価値で約5億6千万円に相当する評価となった。

エコサービスの評価の可能性

本研究では横浜市を対象にエコマップの作成、エコサービスの評価が行われた。エコマップの要素としての衛星画像、地理情報については現在では比較的入手が容易である。衛星画像は衛星画像ベンダーから入手可能であるし、地理情報は多くの自治体で整備が進んでいる。

このような背景においては、本研究と同様の手法を用いることでエコサービスを評価でき、その結果を住民に明示的に提示できる。これは地域環境計画の策定や住民参加型のまちづくりの実現に極めて大きな貢献をすると思われる。今後の展開が期待できる。

プロフィール


慶應義塾大学
環境情報学部
厳網林助教授



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掲載日

  • 2005年1月1日