課題
導入効果
近年増加傾向にあるゲリラ豪雨や、突風、落雷などの極端気象は、たとえ局地的でも人口が集中する首都圏では日常生活や産業に大きな影響を及ぼす。レジリエントな社会の実現に向けて気象災害をはじめとする災害に関する多様な研究を行っている国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下、防災科研)では、極端気象の早期検知・予測手法の研究開発のため、首都圏で極端気象の要因である積乱雲の発生から消滅までの一生を最新技術で観測している。これらの観測データと特許を持つ解析技術等を使って、首都圏の雨、風、雷、ひょうに関するリアルタイムの気象情報を一元的にまとめ、ArcGIS で地図に重ね合わせた Web サービス「ソラチェク」を開発し、2020 年(令和 2 年)6 月に公開した。
さらに 2021 年(令和 3 年)2 月からは、大雪の際に、建物やカーポートなどの被害発生の目安となる屋根雪の重量や、道路管理等に役立つ着雪重量等、雪に関する情報の掲載を始めた。
防災科研では、雨量の正確な把握、雨雲の中の風の観測や、雨、雪、ひょうなど粒子の種類の判別が可能な X バンドマルチパラメータ(MP)レーダーや、雷の放電点の 3 次元的な位置を把握できるシステムなどの観測網を首都圏に整備し、積乱雲の早期検知・予測情報によって被害の防止・軽減を図るための研究開発を行っている。解析には、気象庁等から提供される風や雪に関する観測データも利用している。これらの気象情報を一般向けに公開するにあたり、一人ひとりの具体的な行動につながる情報の提供を目指して、以下の点を満たすサービスを検討した。
また、ソラチェクで集約した気象データと外部の組織が持つデータを重ねて解析、表示するために、異なるシステム間でのデータ共有を可能にする柔軟性も重視した。
ソラチェクの公開システムとして、ArcGIS Online が採用されたのは、以下の理由である。
上記以外にも、防災科研には、災害対応に必要な情報を集約し、統合的に発信する「防災クロスビュー」などで ArcGIS の利用実績があり、構築の知見があったことも採用の 1 つの理由である。
収集した観測データは、独自の解析処理が行われ、最小 250m メッシュ単位で表示される。防災科研では、観測データ等を 250m メッシュの解像度に統一して扱いやすくし、重ね合わせにより情報の価値を高める取り組みが行われている。これらのデータは、GIS データの管理・配信の役割を担う ArcGIS Enterprise / Image Server にリアルタイムに取り込まれ、5 分または 10 分間隔で配信可能な GIS データとして処理される。各気象情報のメッシュサイズと更新間隔は、表 1 に示した通りである。
取り込まれたデータは、ArcGIS API for JavaScript で作成された Web アプリから参照することができる。画面左側のアコーディオンメニューから雨、風、雷、ひょう、雪の各気象情報を参照でき、各画面では、過去 2 時間の変化を確認できるタイムスライダーを用意した。
降ひょう分布については、特に農業分野での情報利用が期待されている。農作物が降ひょう被害を受けた場合、速やかに農薬(殺菌剤)散布を行わないと、傷口からの病害の蔓延といった二次被害を受けることになる。そのため、過去 3 日間に降ひょうがあった地域を把握できるような情報も公開している。
また、気象情報のマップ以外にも、ソラチェクの最新情報を案内する「お知らせ」や気象情報の作成方法やソラチェクの機能を説明した「ソラチェクについて」のメニューも用意した。お知らせの内容は、簡単に追加することができ、ソラチェクの機能追加やメンテナンス情報などをタイムリーに発信している。
左上) 降雨強度、 右上) 風向・風速、 左下) 雷放電点密度、 右下) 降ひょう推定域
※上記マップは表示例で、年月日・時刻はダミーで実際とは異なります。
表 1 :各気象情報のメッシュサイズ(格子サイズ)と更新間隔
ソラチェクを公開した際には、NHK をはじめとする報道機関から取材を受け、テレビや新聞で紹介された。2021 年夏には、極端気象の発生時期と大型スポーツイベントの開催が重なり、気象への関心も高かったことから、7 月のソラチェクへのアクセス数は 4 月の約 2 倍に増えた。また、気象災害軽減コンソーシアムのセミナーで紹介した際のアンケート調査では、参加者から気象情報を自社システムへ取り入れることについての期待が寄せられた。
ソラチェクを研究成果の発信ツールとしてだけでなく、社会のニーズに応える情報の作成や表示方法の工夫に向けた研究開発のためのツールとしても活用していきたいと考えている。
気象データを組み合わせて、竜巻等の極端気象の発生危険度を積乱雲ごとに評価し、危険な積乱雲をポリゴンで可視化することで、行動に結び付きやすいリスク情報への変換を進める。
また、ソラチェク上にアンケート機能を追加し、利用者の意見を聞けるようにする予定である。ソラチェクには一般公開サイトだけでなく、利用者を限定した実証実験用のサイトも用意されている。気象情報と企業等が所有するデータを重ねて新しい情報を生み出し、課題解決に取り組むとともに、その成果を公開サイトにも反映させたい。