課題
導入効果
株式会社テラ・ラボは、中部大学発の愛知県春日井市にある社会課題解決型ベンチャー企業で、災害情報支援長距離無人航空機の開発を行っている。同社は長距離無人航空機の航空測量技術に基づく災害対策 DX プラットフォームの構築を事業の骨子としており、このプラットフォームに ArcGIS 製品(ArcGIS Online、ArcGIS Enterprise、ArcGIS Pro)を組み合わせて検証・活用を行っている。
2021 年(令和 3 年)7 月に静岡県熱海市で発生した土砂災害では、被災状況の把握にこのプラットフォームで作成・公開した地図が活用され、その有効性が示された。さらに今後は、南海トラフ大震災を想定した体制の確立を目指している。
テラ・ラボでは、被災地の被害状況の全体把握に有効な COP(Common Operational Picture:共通状況図、状況認識図)としての地図を作り、災害の急性期の対策として、行政機関や報道機関と情報共有ができる仕組みを模索していた。従来からあるファイルのアップロード / ダウンロード、電子メールでのファイルの送受信による情報共有ではなく、データをクラウドで共有し、そのプラットフォーム上で情報共有できる地図システムを作ることはできないかと考えていた。地図の共有におけるデータの送受信にかかる容量と時間を最小化する方策を探究していたのである。
テラ・ラボの代表取締役・松浦孝英氏は、中部大学の国際 GIS センターでさまざまな GIS を見てきており、上述の課題を解決するためには GIS を導入することが有効だと考えていた。そして、GIS を用いて他組織を含めた多くの人々と情報共有するための方法を検討していた。
その中でクラウド GIS サービス「ArcGIS Online」の存在を知り、クラウド上にマップを保存して URL 情報を伝えるだけで外部に地図を共有できることに感銘を受け、取り入れることに決めた。さらに自社の災害対策クラウド情報支援プラットフォーム「テラ・クラウド」においても同様の情報共有の仕組みを実装するために、エンタープライズ GIS サーバー「ArcGIS Enterprise」を導入した。
2021 年 7 月 4 日(日)ドローン空撮(全体俯瞰)
ここでは、2021 年 7 月に静岡県熱海市で発生した土砂災害の現場における被災情報共有の取り組みについて紹介する。
梅雨前線による大雨に伴い、7 月 3 日に熱海市伊豆山の逢初川(あいぞめがわ)で大規模な土石流が発生した。その被災範囲は延長約 1km、最大幅 120m にわたり、約 130 棟の建物が被害に見舞われた。
発災当日にテラ・ラボのメンバーが現地に入り、翌日(7 月 4 日)には、ドローンによる撮影で災害現場の様子を見た上で熱海市の災害対策本部や消防へ行き、どのような情報共有ができるのかについて話をした。そして、7 月 5 日にはヘリコプターによる情報収集を行い、土砂災害の現況図に建物の形状を重ね合わせてどの建物が崩落したかを把握できるプラットフォームを構築し、共通状況図を公開するとともに災害対策本部へ提供した。
地上支援システム(車両型)
何故このような迅速な情報共有ができたのか?その運用のフローは以下のとおりである。
① ドローンやヘリコプターによるデータ収集
② 収集されたデータを解析拠点にあるストレージに同期
③ 地上支援システム(車両型)に搭載されたワークステ ーションでデータを処理し、地図化
④ デスクトップ GIS アプリ「ArcGIS Pro」で地図を Web 掲載用に最適化
⑤ ArcGIS Online およびテラ・クラウドで地図を公開
この共通状況図は、NHK や毎日新聞などのメディアで紹介された他、防災科学技術研究所が運営する防災クロスビュー(災害対応に必要な情報を集約し、統合的に発信するサイト)でも公開された。また、内閣府 ISUT(災害時情報集約支援チーム)へも共通状況図を提供し、熱海市災害対策本部の被害家屋の調査においても活用されたそうだ。
アクセスが集中してもサーバーダウンしないクラウド GIS を用いた情報共有プラットフォームが非常に有益に働いた。また、他組織である防災科学技術研究所等とマップ情報のやり取りは発生したが、同じ ArcGIS Online を基盤としていたためデータ連携を迅速に行うことができた。ArcGIS では、さまざまな用途に柔軟に対応できるテンプレートやダッシュボードが提供されているため、アプリを簡易かつ安価に構築することができるが、その点に関して松浦氏は「現場で 5 分、10 分時間があれば 1 個のアプリが書き出せるパッケージ化されたシステムはとても有効である。非常にクリエイティブに色々なことができるし、多くのことを考えなくても自由に表現ができると考えている」と語っている。また、ArcGIS 製品のみならず ESRI ジャパンのサポート体制も高く評価している。
TERRA LABO Fukushima 管制室
福島県南相馬市に災害対策 DX を実現するため新しい拠点「TERRA LABO Fukushima」が 2021 年 11 月 18 日に開所。その中の基幹システムのひとつに ArcGIS を導入できないかと松浦氏は考えている。
そして、早急に対応すべき課題は南海トラフ大震災を想定した体制の確立である。大規模災害が発生した際に広域に情報収集するには、一機による情報収集ではなく、複合的にヘリコプターやドローンを飛ばして情報収集し、可視化をしなければならない。同時多発的に発災する災害に対して ArcGIS のシステムをどのように活用できるか、目下検証中である。