事例 > 北アルプス・雲ノ平における地理空間情報技術を援用した植生復元活動

事例

北アルプス・雲ノ平における地理空間情報技術を援用した植生復元活動

東京農業大学 造園科学科 自然環境保全学研究室

 

国有林野における山小屋・大学・行政の新たな協力体制による展開

植生復元活動を円滑にすすめるため地理空間情報技術を援用することにより、植生復元内容を可視化しかつ定量的に把握することが可能となった

はじめに

登山ブームを背景に、多くの山岳地で踏圧を起因とした登山道の崩壊などによる植生荒廃が生じている。植生荒廃した箇所をもとの姿に戻すため、市民主体による植生復元活動が各山岳地で展開されている。
山岳地における植生復元活動を行う上での課題は2つある。1つめは未だ植生復元の技術そのものが体系化されていない中、効果的・効率的な工法をどのように考えるか、2つめは許可申請が伴う法的保護の高い場所においてどのように植生復元活動を円滑に進めるか、である。
本事例では、植生荒廃の把握、許可申請に伴う図面作成、植生復元工の検討、施工評価に至るまで、地理空間情報技術を援用し、植生復元活動を円滑にすすめるための技術と方法論の構築を行った。

雲ノ平の概要

nodailand-1
雪田草原が広がる雲ノ平の様子

雲ノ平は北アルプス中央、富山県、岐阜県、長野県の3県境にまたがる三俣蓮華岳より北東部、富山県側に位置し、黒部川の源流にあたる。標高2,400~2,600mからなる溶岩台地上に、北アルプスにおける有数の雪田草原とハイマツ帯が分布している。またライチョウの営巣地であり、貴重な自然環境を有している。
法令指定の概況は、中部山岳国立公園特別保護地区、鳥獣保護地区(一部特別保護地区)、国有林(富山森林管理署内黒部割 林班113)及び保安林(水源かん養)に指定されており、法的保護が高い場所である。
雲ノ平には黒部源流の開拓者伊藤正一氏によって周囲の景観、地形や植生の特徴により、地名として庭園の名がついている。

植生復元活動

nodailand-2
植生荒廃の様子(日本庭園)

植生復元対象地は、植生荒廃が著しい、日本庭園、雷岩、奥日本庭園の3カ所とした。雲ノ平に登山者が本格的に入ったのは、現地の山小屋である雲ノ平山荘が開設された1963(昭和38)年以降である。踏圧をきっかけに裸地が生じ、この踏圧に加え、環境圧(露出土壌面の凍結融解作用、融雪期のグライド、降雨による洗掘)により、さらに土壌流出が起こり、裸地が拡大したものと考えられる。

nodailand-3
雲ノ平における植生復元活動の協力体制

 

出現した裸地を元の姿にするべく、雲ノ平山荘(伊藤 二朗 氏)と東京農業大学(下嶋 聖 氏)とがパートナーシップを組み、現地調査を含め2006年より植生復元活動を取り組んでいる。2008年より富山森林管理署の協力の下、各関係省行政にも周知・支援を図り、国有林野事業流域管理推進アクションプログラムとして植生復元事業を3カ年進めてきた。

地理空間情報技術の援用内容

nodailand-4
地理空間情報技術を援用した植生復元事業の手法

地理空間情報技術を使った効果的・効率的な植生復元活動の方法を構築するに当たり、まず植生復元を進めるプロセスを、1.植生荒廃の把握、2.許可申請に伴う図面作成、3.植生復元工の検討、4.施工評価、の4つに分けた。
各プロセスにおいて、植生復元活動を行う上での課題を整理した。課題に対して地理空間情報技術で援用できる内容を検討し、具体的な技術方法を示した。

図面作成

植生復元事業を進める上で、許可申請が伴う。その際当該地の図面が必要となる。そこでArcViewとジオメトリ変換ツールを使用して、取得した位置情報を基に図面作成と植生荒廃地の求積を行った。
GIS汎用ソフトを使用することでの作図の軽減化、植生復元事業を進める上での基盤データの構築を図ることができた。

 

nodailand-5
図面の作成方法

 

植生復元の施工地の検討

植生復元の先行事例では、植生回復度に傾斜角、斜面方位が影響を与えていることを挙げている。そこで施工地の優先順位を検討するため、傾斜角、斜面方位の分布図を使用して、ポテンシャル評価(植生回復のしやすさの度合い)を行った。

 

nodailand-6
植生復元の施工地の意思決定プロセス

 

まとめ

地理空間情報技術(DGPS測量、RS技術、GIS)を援用することにより、従来の植生復元事業で課題となっていたことが改善することができた。1.植生荒廃の把握では、DGPS測量を援用することで、裸地などの位置情報の取得などが簡略化、短縮化、2.許可申請に伴う図面作成では、植生復元事業に伴う許可申請に必要な図面の作図の軽減化、基盤データの構築、3.植生復元工の検討では、図面及びデータに基づく施工内容の検討と実施が可能、4.施工評価では、モニタリング環境を整備し、施工内容をデータ化することにより施工方法を検証することが可能となった。
法制度が複雑に絡み合う山岳地において、植生復元活動を進める際、多数の地域関係者が関わってくる。地理情報システムを用いることで、事業内容が可視化され多様な主体同士の情報共有と意思決定を円滑に図ることもできた。今後は、事業全体のコスト算出(事業費、人的資源、作業コスト)などを行い、他の山岳地にも応用できる技術体系の構築を目指している。

プロフィール


助教授 下嶋 聖 氏 (左)



関連業種

関連製品

資料

掲載日

  • 2012年1月1日