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医療分野への GIS 導入 ~北九州市立医療センターの挑戦~

北九州市立医療センター 医療情報管理室

 

院内 GIS ワーキンググループの発足と平成 30 年 7 月豪雨の遠隔支援による給水所マップの作成

概要

北九州市立医療センター(以下、当院)は 140 年あまりの歴史を持つ市立病院である。市立病院として、北九州市とその周辺の人々へ、最高最良の医療をいかにして提供すべきかを日々検討している。
当院では、地域特有の状況を考慮しながら患者サービス向上や安定的な経営を目指すため、院内の課題を多職種で共有・解決することを目的に「院内 GIS ワーキンググループ」(以下、院内 GIS-WG)を結成している。院内 GIS-WG では、これまで患者サービス向上策の検討や経営分析に地図や GIS を活用していなかったが、ArcGIS を利用してアイデアをマップにしていくことで、メンバーが地図や GIS を活用するために必要な検討方法を理解することができ、様々なアイデアが出てくるようになった。
また、平成 30 年 7 月豪雨災害発生時には、院内 GIS-WG に所属している医療情報管理室の職員が被災者や現地に赴いている復旧・復興業務の従事者、ボランティアを遠隔地より支援する目的で給水所マップを作成し、一般向けに公開した。

課題

当院では、平成 30 年 7 月に当院の患者サービスの向上や経営分析での地図活用を目的に「院内 GIS-WG」を結成した。院内 GIS-WG のメンバーは看護師・診療放射線技師・診療情報管理士で構成されており、院内 GIS-WG では、アイデアに基づきマップを作成して実用化につなげるという流れで進めている。しかし、これまで患者サービスの向上や経営分析に地図や GIS を活用していなかったため、職員が地図や GIS を活用した問題解決手法を理解できていないことが課題だった。
また、平成 30 年 7 月豪雨災害発生時には、院内 GIS-WG に所属している医療情報管理室の職員で給水所マップを作成した。豪雨の影響で広島県、愛媛県、岡山県などで断水が多数発生し、復旧するまで自衛隊や自治体による給水活動が行われたことから、給水所マップは、水不足で困っている被災者だけでなく現地に赴いている復旧・復興業務の従事者、ボランティアを支援する目的で作成された。
給水所マップでは、広島県 7 自治体(広島市・呉市・三原市・江田島市・竹原市・福山市・尾道市)、愛媛県 5 自治体(宇和島市・大洲市・西予市・今治市・上島市)、岡山県 4 自治体(倉敷市・高梁市・新見市・矢掛市)を対象にしたが、給水所の数が非常に多く、操作ができる職員が限られるデスクトップ GIS では迅速な対応ができないことが課題だった。また、給水場所や給水の時間の変更などが頻繁に行われることから、最新の状態を維持するため、日々更新する必要があった。 

ArcGIS 採用の理由

院内 GIS-WG では、地図や GIS を使用する課題解決手法を知らないメンバーが多く、出てきたアイデアから成果物がすぐにイメージできることが GIS ツールには求められた。
また、様々なアイデアが出てくるので、汎用性のあるツールが必要だった。そこで、迅速にメンバー間でマップの共有ができ、様々な分析にも対応し汎用的な利用が可能である ArcGIS が採用された。また、給水所マップ作成においては、ArcGIS Online の機能を利用して複数人で同時に入力ができることや、被災者だけでなく土地勘がないボランティアもスマートフォンから作成したマップにアクセスができ、簡単に給水所マップの情報を活用できることも重要だった。

課題解決手法

院内 GIS-WG では月に 1 回メンバーが集まって多職種による自由な意見交換やワークショップを行い、患者サービスの向上策や経営分析の検討を地図や GIS について勉強しつつ進めた。
意見が挙がったマップを実際に ArcGIS Desktop と ArcGIS Online で作成し、そのマップを見ながら公開する際のアプリケーションは何を使うべきか等の検討を行うという流れをとった。
給水所マップの作成では、北九州市が平成 28 年 4 月の熊本地震の遠隔支援で作成したフォーマットを使用し、ArcGIS Online の Web アプリを利用して複数人で入力できるマップを作成した。作成後は、毎朝、被災地の自治体が公開している給水情報を確認し、前日との変更点があれば更新を行うことで、日々最新の情報を把握することができた。中には、給水場所の住所の記載がなく、かつ給水場所の名称が正式な名称ではないものや、個人宅が給水場所に指定されていた場所もあったため、給水場所の特定が難しいものも存在した。これらは、土地勘のある現地の住民であればわかる情報だが、遠隔から支援をする場合には給水場所を特定するのに時間を要した。

平成 30 年 7 月豪雨災害の給水所マップ
平成 30 年 7 月豪雨災害の給水所マップ

効果

意見交換とワークショップを通じて、院内 GIS-WG のメンバーが地図やGISを活用するために必要な検討方法を理解することができた。さらに新しいマップや関連するマップなど様々なアイデアが出てくるようになった。平成 30 年度に挙がったアイデアは以下表のとおりである。

院内 GIS-WG で提案されたマップのアイデア
院内 GIS-WG で提案されたマップのアイデア

入院患者数の分布マップ
入院患者数の分布マップ

入院患者数の分布マップは平成 30 年 4 月~ 9 月の入院患者を町丁目ごとに集計したものを色分けし、分布を示した。さらにピンク色の点で当院と密な連携関係にある地域の医療機関(以下、登録医療機関)をマップにのせた。登録医療機関があるにもかかわらず入院患者数が少ない地域を中心に今後、営業活動に回る予定である。
給水所マップでは、ArcGIS Online の Web アプリを利用したことで、7 名で同時に入力することができ、マップを迅速に作成できた。日々変更される情報への対応も 7 名で 30 分~ 1 時間程度で行うことができたため、業務負担も少なかった。
給水所マップの更新作業は給水所が開設された平成 30 年 7 月 9 日から給水所がすべて閉鎖された平成 30 年 9 月 18 日まで続けられた。給水所マップは被災者だけでなく現地で復旧・復興業務やボランティア活動に従事している方々に利用され、公開中の給水所マップのアクセス状況は、3,508 件になった。
被災地支援を考えると、当院のような医療機関が行う被災地支援の形としては、実際に被災地に赴いて支援を行う DMAT(災害派遣医療チーム)がまず思い浮かべられるだろう。しかし、医療機関で働く事務職員でも被災者に手を差し伸べられることはないかと考えると、この給水所マップは実際に被災地には行かずともできる遠隔支援のあり方として一定の効果はあったのではないかと考える。

今後の展望

院内 GIS-WG では、今後も挙がったアイデアを実用化するとともに、患者サービスの向上や病院の経営分析につながる取り組みを進めていきたい。
給水所マップについては、熊本地震と平成 30 年 7 月豪雨で作成し、利用していただくことができたため属性情報等のフォーマットは有効なものと考えられ、今後も大規模災害が発生した際には迅速に体制を組み、早期に給水所マップを作成、公開できるようにしたい。

プロフィール


医療情報管理室
矢野 さおり 氏 (右)
佐藤 亜希奈 氏 (左)

北九州市立医療センター

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資料

掲載日

  • 2019年1月8日