課題
導入効果
平成 30 年 7 月豪雨は、西日本を中心に 200 人以上の尊い命を奪い、床上床下合わせて 2 万棟以上の建物に浸水被害をもたらす記録的大災害となった。その中でも最も被害が集中した真備町を持つ倉敷市では、被災した市民の方々の 1 日も早い生活再建を支援するため、当初、8 千棟程度と見込まれた建物の被害を迅速に調査する必要に迫られていた。そこで市では、全国数多くの自治体から応援を受け、3 人x最大 33 班の調査チームを結成すると同時に、各種関係機関の協力のもと迅速なシステム構築が可能なクラウドコンピューティングとスマートフォンを活用した建物被害調査システムを数日のうちに構築した。
調査にあたっては内閣府の指針に準拠した紙の調査票で調査が進められ、スマホアプリから調査結果、位置情報、現場写真を現地からクラウドに登録できるシステムにより、スピーディな調査を実現した。
この仕組みにより、調査結果や進捗状況をリアルタイムに把握する事が可能となり、調査結果の集計や翌日の調査計画を効率的に行う事が可能となった。
調査の対象は、真備町の浸水エリアから一括認定エリアを除く範囲に含まれるすべてと、倉敷市内に点在する浸水の認められる住家とした。4,000 から 6,000 棟と推定される建物の調査を短期間に行い、被災者の早期の生活再建へと繋げていく必要があった。効率的な調査のためにはシステム化はもちろん、いかに素早くシステムを構築できるか、いかに調査業務を効率化できるか、が大きな課題であった。
住家被害認定調査では、位置情報も収集する必要があるため一般的に GIS(地理情報システム)が利用される。素早いシステム構築を実現するには、クラウドコンピューティングに対応し、かつすぐに使えるアプリが豊富に揃っている ArcGIS Online が最適と判断された。また、現地調査をサポートするスマホやタブレットなどのモバイル端末をサポートしている事や、災害時に一定期間無償で利用できるライセンスがある事等も採用の理由となった。
システムチームは、クラウド上に倉敷市用の ArcGIS Online 組織サイトを構築し、その中に管理者と調査班のユーザーを設定した。現地調査用アプリである Survey123 for ArcGIS により調査フォームを設定し、調査件数の集計や進捗管理には Operations Dashboard for ArcGIS による Web アプリを設定した。
Survey123 for ArcGIS の調査フォームの画面例
左からサインイン画面、位置情報と調査結果入力画面、現場写真を添付する画面
Operations Dashboard for ArcGISによる管理者アプリの画面例。
右上のカレンダーと連動した日別集計、被害区分別集計、班別の調査件数集計やチャートやマップによる進捗表示
調査システムによる業務フローは、朝の準備フロー、昼の調査フロー、夕方の検証フローの 3 つが標準化された。朝は主に前日の調査結果をスマホから消去すると共に、前日挙がった課題を解決するため夜間に調査フォームのバージョンアップが行われた場合は、最新版をダウンロードする。
上の写真は朝の準備風景で、左上から調査に使ったスマートフォン、レンタカーの鍵、調査エリア確認中の調査班、下は調査道具を示す
昼は、紙の調査票に記入した調査結果や調査番号をスマホ上の調査アプリに入力するとともに、建物の位置情報や現場写真を取得してクラウド上に登録する。写真の解像度は、データ容量の節約と調査品質のトレードオフと考え 600KB/枚程度に設定した。撮影箇所は、建物全景、浸水深測定箇所、測定内容、被害箇所、調査票など、ルールを定めて標準化した。写真は調査あたり 5 から 10 枚程度撮影された。電波状態の悪い場所での調査結果はスマホ上に一時保存し、電波状況の良い場所からクラウドに登録する事も可能としている。調査現場からの調査手法やアプリ操作に関する質問には携帯電話によるコールセンターを設置して対応した。
夕方の帰庁後は、班毎に出力したその日の登録結果と紙の調査票を照合し、入力ミスなどがあればスマホから修正した。応援職員の交代なども考慮し、データの品質はその日のうちに検証する事が重要であると考えられた。
調査班の解散後は、集計作業や振返りが行われ、コールセンターの問合せ内容やその日の判断事例を FAQ ドキュメントに反映し、翌朝配布することで業務品質の向上が図られた。
データのバックアップは、Survey123 forArcGIS の管理者ページのフィルター機能を利用して日別のファイル・ジオデータベース(写真含む)と累積の CSV ファイル(写真は含まない)をダウンロードする事で運用した。管理者端末には ArcGIS Desktop をインストールし、ローカルデータを閲覧したり、カスタムツールで写真を取り出しフォルダに整理できるようにした。調査結果や写真も含め調査後半の ArcGIS Online の消費サービスクレジットは約 10SC/日であった。
毎日の調査状況は ArcGIS Online のマップ上で確認し、翌日の調査計画の立案に役立てた。班毎に割り振られた調査計画は、印刷された住宅地図上に記入され、翌朝に各班に配布された。
クラウド GIS である ArcGIS Online を利用する事により、導入決定から 2 日後には調査システムを構築する事ができた。
内閣府指針に準拠した紙の調査票とスマホ上の Survey123 for ArcGIS による調査フォームを併用する事で、迅速な調査プロジェクトを実施し、ピーク時で 33 調査班による 500 件/日以上の調査を実施できた。管理者は、Operations Dashboard for ArcGIS によりリアルタイムに調査進捗を把握し、タイムリーな調査集計や報告、翌日の計画を行う環境を得た。
倉敷市では、調査結果を活用して被災された市民の方々の着実な生活再建を支援していく方針である。
今回災害発生後に導入したシステムと調査手法については、市としても初めてのことで軌道に乗せるまで苦労もあったが、結果として得られた運用ノウハウは、今後の災害で生かしていきたいと考えている。