2011年5月20日の朝、アメリカ中西部にある何百もの警察・消防部隊が一斉に緊急出動命令を受けた。ニューマドリッド地震地帯沿いに破壊的な大地震が起こったのだ。警察および消防は総員出動の体制を取った。避難が始まった。被害状況の見積もりが開始された。応急処置のステーションが立ち上げられた。セキュリティサポートが動員された。だが今回の非常事態には1つだけ他とは違う点があった。これは訓練で、実際には地震など起こっていなかったのだ。
プレゼンテーションモードで表示したArcGIS Explorer Onlineの画面。 訓練前のブリーフィングで使用された。
連邦政府や地方自治体、ボランティア組織、民間部門の他、8つの州も参加して、全国レベル訓練 (National Level Exercise: NLE)が行われた。NLEは、ニューマドリッド地震帯(アメリカ中西部に広がる活断層帯)沿いにマグニチュード7.7の地震が発生した場合を想定し、各組織の準備状況および地震が発生した際の対処方法を評価するのに役立つものだった。
GISの技術がこの合同訓練の鍵となった。現地で起こった事態の迅速な把握から何千人もの人々の移動指示までに渡り、GISはベースマップと航空写真をリアルタイムデータと融合する統合プラットフォーム構築を可能にしたのだ。GISの分析能力により、各機関が効果的に協働するための実用的な情報が手に入るようになった。
「この訓練は、8つの州と連邦政府を横断する緊急事態管理ツールを使って実際的な対応環境下でストレステストを行う絶好の機会でした。」ケンタッキー州緊急事態管理局長であり中央アメリカ地震コンソーシアム(Central U.S. Earthquake Consortium: CUSEC)の現議長でもあるJohn Heltzel准将は語る。「GISの機能を活用することにより、被災地域で何が必要で、何が起こっているかを知るための計画立てと準備を最大限に行うことができたのです。」
NLE2011は国家演習プログラム(National Exercise Program:NEP)の一部である。NEPにより、米国政府機関や各省庁は、自然や人工的な大災害発生時などの複数省庁が協働すべき環境下で災害に備え、対応し、復興する能力が現時点でどの程度あるかを試す機会を得ることができた。
訓練への参加は連邦、州、市町村、部族、そして民間団体のレベル毎に行われた。NLE 2011の目標は、ニューマドリッド地震帯で大震災が起きた際に各機関が対応し、復興するための能力を測定することであった。
9.11のテロ攻撃からハリケーンカトリーナの災害、最近では2011年の竜巻や洪水被害にいたるまでの災害から得た根本的教訓は、効果的な対応とインシデント(災害に関連して起きた事故や事件)管理の為には情報をリアルタイムで取得し共有する事が不可欠だということである。それが出来ないと、優先順位の高いエリアに警察や消防の人員を派遣するのに時間がかかり、増えていく一方のインシデントを対応者間で効果的に共有することができず、状況がさらに悪化してしまうのである。
合同訓練に参加した州の職員はGISをプラットフォームとして使い、幅広いエリアに散らばる複数の機関をつなぎ合わせることができた。GISにより、ただ単に情報を可視化するだけでなく、リアルタイムのデータを入手後にすぐさまアップデートし、分析し、分析結果を公開することができたのである。言い換えると、GISによりタイムリーで効果的な状況認識が可能になったのだった。
Esriの技術スタッフと公共安全ソリューションスタッフは、各組織が保有するデータを使い地域全体の状況認識を行うため、複数の関係者と1年間以上協働した。ケンタッキー州緊急事態管理局(KYEM)、インディアナ州国土安全保障局、そして州軍などの機関はEsriスタッフによるGISの技術的サポートを受けた。Esriは数多くの組織の職員と密接に連携し、合同訓練をサポートするにあたりGISに求められているものを見極めた。Esriはまたジョージア州のパートナー企業ESi社と共に、米国国土安全保障省のパイロットプログラムである バーチャルUSA の職員とも連携して、省がGISデータサービスにアクセスしブリーフィングを行えるようにした。数多く行われるブリーフィングを容易にするため、EsriはKYEM職員と協働し、すべての危機管理行動計画(Emergency Support Functions: ESF)の状態を表示する機能をもつ ArcGIS Explorer Online を使ったGISベースのブリーフィングツールを提供した。
ESFのブリーフィング用マップはGISを使って作られ、職員、資産、供給物やその他の情報を表示することができた。それらは一日に2度行われるミーティングで使用され、以前に起きたことの再確認と現在の状況レポートや今後の対応計画の確認に使われた。
ESi社提供のWebEOC(*)インシデント管理ソフトウェアがもたらす情報により、状況認識の統一(common operating picture: COP)を図ることが可能になった。WebEOCミッションや任務を割り当て状況を確認し、状況レポートを提供し、リソースの管理を行い、米連邦緊急事態管理庁(FEMA)によるインシデント指令システムの構築やインシデント実行レポートの準備が可能になった。WebEOCソフトウェアのコンピュータマッピング、空間分析、空間データ管理などの機能は、Esriソフトウェアによって与えられた。
訓練の間、ソーシャルメディアのウィジェットを使い、ケンタッキー州緊急事態管理局公衆情報の職員の場所を特定することができた。
NLE 2011は、1811年から1812年にかけて起きたニューマドリッド地震の発生から200年の節目として開催された。CUSEC加盟のアラバマ州、アーカンソー州、イリノイ州、インディアナ州、ケンタッキー州、ミシシッピ州、ミズーリ州、そしてテネシー州が参加したこのNLEは、自然災害への備えとして行われた最初のNLEである。
合同訓練では連邦および地方の政府機関に加え、各州も情報伝達、主要な人員及び物品の管理と配布、集団ケア(シェルター、食料配給および関連サービスの提供)、緊急医療体制、市民の避難や屋内退避命令、非常事公共連絡および警告、非常時オペレーションセンター(EOC)の管理、そして復興計画について確認することができた。GISはこれら各分野における意思決定プロセスの簡略化に役立った。
合同訓練が始まった時、Esriスタッフはケンタッキー州EOC、ケンタッキー州の統合エリア指揮本部、ケンタッキー州マリーのモバイル被害評価チーム、ワシントンDCのFEMA本部および国家対応コーディネーションセンター、そしてインディアナ州エディンバラの州軍のキャンプアターベリー内の合同機動作戦トレーニングセンターなどを含む全米中に派遣されていた。
GISベースの共通状況図は複数のデータやコミュニケーションフィードを統合して作成された。また、新たな情報を大量に作り出して現場に送り、遠くの場所にいるオペレータがどこに行き何をすればいいのか、正確に把握することができるようにした。
それに加えて、GISベースの情報公開マップアプリケーション内でソーシャルメディアフィードが使えるようになった。人々はジオタグ(データに付加される緯度経度情報)付きのTwitterのツイート、YouTubeのビデオ、そしてFlickrの写真のログを取って情報収集することが出来た。
COPを管理する政府の対応スタッフは訓練の間、広範囲で膨大な流入データをうまくさばくことができた。データの中には、シミュレーション上の建物被害評価、道路や電力や水道などのインフラ機能の停止、影響をうけた人の数、シミュレーション上のけが人の数、食料および医療物資の在庫および今後の入庫数、火災の場所と広がり、緊急時医療サービス、警察、そして国土安全保障に関連するすべての問題を処理する連邦部門の車両とスタッフなどの情報が含まれていた。
天気、米国地質調査所の震度分布図、道路状態、フィールド職員の場所、そして被害判定などのリアルタイムデータはGISデータベースに送られた。オペレーションセンターの外では合同訓練の参加者達が、コンピュータやモバイル機器、ネットに接続できるノートパソコンやタブレットPCを使い、素早くデータを検索し表示することができた。
CUSECのGISグループは ArcGIS Online を使い、データを共有するメカニズムを作りだした。すべての非常時管理担当の参加者達は、このグループを通してデータを登録・交換したり、ライブマップを表示したりすることができた。
合同訓練のすべての面においてGISは役立った。死傷者数把握、被害の査定、ESFの状態、その他のニーズにかかわらず、合同訓練の参加者達はGISを使うことにより多大な利益を得たのである。 その中の詳細な例としては、警察による避難、道路封鎖、そして略奪や破壊行動による逮捕、火事の発生場所及び状態、非常事医療サービスと軍の装備、捜索・救助ミッション、そして最適な経路で医薬品や食料、シェルターの供給品を運ぶ緊急輸送路のデザインなどが挙げられる。
いくつかの連邦機関もGISを使い、データを提供して合同訓練に参加した。
・FEMAはSAVER2という独自のGISベースのCOP機能を使い、状況認識を確立した。
・原子力規制委員会は核施設の状態を監視した。
・米国国土安全保障省の運輸保安局は連邦ハイウェイの状態を確認した。
・農務省は食料生産農場と貯蔵庫の状態を観察した。
それぞれの機関が各工程や装備、IT環境をテストして評価し、それらのワークフローを共有することができたため、参加者達は訓練が成功だったと考えている。訓練の結果明らかになった事から実際の災害時にどのように対応すればよいかがわかり、改善の機会が得られ、システムのさらなる発展に向けたArcGISの潜在的な能力を発見するのに役立ったのである。
*WebEOC: 緊急事態や災害の発生・復旧状況を的確に認識することで意思決定を支援するシステム