GISを駆使した独自の被害推定システムと、全球をカバーするリモートセンシングデータの活用により、基盤データ未整備の地域でも適用が可能に。
「黄金の72時間」。大規模災害発生から72時間を境に生存率は著しく低下する。大地震発生時に、限られたリソースを用いて迅速な救助対応を効率的に行うためには、被害推定が必要である。そのためには、地盤情報や人口などの基盤データが必要となる。
日本国内では、国土数値情報、国勢調査データを基に、地震発生後数分で、死者数、建物倒壊数などの被害を推計することができる。一方、多くの発展途上国にとって、地盤や建物に関する基礎的な基盤データを構築するためには、膨大な年月と費用が必要となり、地震被害推定がなされていないのが現状である。
日本も国際緊急援助隊派遣等の支援活動を被災国に対して行っているが、被災直後の被害の全体像が把握できず、被害発生地域のどこに、どれくらいの規模の隊を派遣すれば良いか、適切な配備と迅速な救助活動が困難になっている。
今、求められているのは、基盤データと、被害推定情報を早く簡便に作成し、それを被災地に迅速に提供する手法の開発である。
このような背景のもと、情報通信研究機構(NICT)の鄭氏らは、以下の研究開発を行っている。
本研究による、地震被害推定の手順は以下の通りである。
日本国内での被害推定であれば、地形分類図に相当するデータとして、国土数値情報が利用できるが、発展途上国ではこれに相当するデータがないため、鄭氏らはDEMから地形分類を行う(地形分類図を作成する)手法を開発した。
DEMとして採用したデータは、SRTM(Shuttle Radar Topography Mission)で、スペースシャトルに搭載した合成開口レーダーから取得したデータを加工して作成されたものである。地球の両極を除く約80%、人口密集地の約95%をカバーしている。
このDEMから作成した地形データは、山地、台地、低地、自然堤防、後背湿地などに分類される。本研究で開発した分類手法の精度を確認するために、国内外の既存の地形分類図と比較した結果も良好であった。
この地形分類図からさらに地盤増幅度(揺れやすさ)の地図を作成する。この増幅度の精度についても、国内外の既存データと比較し、概ね一致していることを確認した。
そして、実際に地震が発生した際は、USGSの震源情報をもとにして推定震度分布図を作成する。
地震による建物被害を推定するためには、建物の分布図が必要である。しかし、発展途上国ではそのようなデータがないことが多いため、米国オークリッジ国立研究所の人口分布データ(LandScan)から建物分布を推計する。
この被害推定の手法について、実際に発生した地震による被害との比較を、四川大地震(2008年5月12日発生)、スマトラ沖地震(2009年9月30日発生)、ハイチ大地震(2010年1月13日発生)で行った。
左図は、ハイチ大地震での被害推定結果と、実際の建物被害との比較図である。
ハイチ大地震での実際の建物被害分布は、地震発生翌日に取得された衛星データ(GeoEye)から目視で抽出したものである。この被害状況と被害推定を比較すると、震源地の北東部、北西部、南西部での被害について、概ね一致していることが確認できた。
被害推定結果を現地の救助部隊と共有するための仕組みとして、ArcGIS ServerによるWebアプリケーションを開発した。このWebアプリケーションは、技術試験衛星WINDS(高速インターネット衛星きずな)を始めとした高速データ通信が可能な通信衛星によって、救助部隊と派遣本部が共有できる。
本システムの検証実験とデモンストレーションが、2010年10月30日~31日に開催されたAPEC情報通信経済担当大臣会合において、NICT、消防研究センター、東京消防庁、タイ王国電子コンピュータ技術センターの参加によって行われた。沖縄県名護市と、タイ王国バンコク市をWINDSで結ぶことによって、地震被害推定システムとハイビジョンテレビ会議システムなどを活用した国際救助隊活動時の情報共有実験が実施され、初動時の派遣先決定などにおける本システムの有効性について良好な評価を得ることができた。
本システムはプロトタイプが完成した段階であり、今後、被害推定精度や、Webアプリケーションの操作性の向上に取り組む予定である。
鄭氏は、「地震発生から30分以内に被害推定が出せるように改良を重ねていきたい。本システムは日本の国際救助隊だけでなく各国の救助隊にも活用してもらえるよう、国際協力機構(JICA)と協力して国連にも提供していきたい。」と今後の抱負を語った。
防災・減災基盤技術グループ 鄭 炳表 氏