課題
導入効果
シェアサイクルは、都市内に設置された複数のサイクルポート(以下、ポート)を相互に利用でき、借りた場所でなくても自転車を返却できる利便性の高い交通システムだ。公共交通の機能を補完し、買物やレジャー、通勤通学等の多様な移動目的に使用され、環境に優しい地域の移動手段の一つとして、近年日本全国で導入が進められている。
横浜市は、民間事業者との協働によるシェアサイクル事業の展開により、市内全域での移動の利便性向上、都市の活性化、脱炭素社会の形成、交通安全の推進を目指している。2014 年(平成 26 年)から横浜都心部でシェアサイクル事業を開始し、2022 年(令和 4 年)からは市内広域での社会実験を実施している。これにより、シェアサイクルの利用が市民に広く浸透し、移動の利便性が着実に向上している。
横浜市のシェアサイクル事業には、いくつかの課題があるが、最も重要なのはポート数・ポート密度の拡充である。
市内全域にて順次ポート設置が拡大しているものの、市域面積が広く、まだ設置されていないエリアも多いため、さらなるポート数・ポート密度の拡充による利便性向上が必要と考えられていた。
特に新規ポートの開拓にあたっては、多くの市民が日常利用する商業施設や買物施設等の民有地へのポート拡充が重要となる。しかし、ポート設置を検討する民間施設側の視点に立ってみれば、ポートの設置により、具体的にどのようなエリアからどの程度の集客効果が期待できるのかという指標が設置検討の一つの判断材料となる。
そこで、ポート設置を検討する場所において、予めどのエリアから移動需要が発生するのかを地図上で示す必要があるため、シェアサイクル移動データの可視化と一般公開が可能なツールの導入が求められることとなった。
シェアサイクル事業は、市内に複数設置された地図上の座標を持つポートと GPS 機能を搭載した車両による移動サービスとなるため、日々のポートや車両の情報は、緯度経度を含む位置情報で管理されている。
このため、さまざまな施策検討においては、GIS を活用することが事業の効率化とサービス向上の観点で重要となる。
GIS の選定においては以下が条件として挙げられた。
また、データの互換性と効率化の観点から横浜市が委託する事業者等でも導入されているツールであるという点も重要なポイントであり、これら全ての条件に合致する ArcGIS が選定された。
ArcGIS 導入後はまず、市内全域のポート位置と移動データの可視化をデスクトップ型の GIS ツールである ArcGIS Pro を使って検証し、マップ上でさまざまな表現機能を評価した。検証の際には、一般公開時に閲覧者にとってわかりやすいマップ作りがポイントとなった。
マップの公開にあたっては、クラウド型 GIS である ArcGIS Online を活用し、全国初となる Web GIS でのシェアサイクルの移動データの可視化マップを一般公開した。
「シェアサイクル事業において GIS の活用は不可欠であると言えます。ArcGIS はデータの作成や分析を共通のプラットフォーム上で行える点が大変魅力的です。
横浜市では都市計画などの分野ですでに 20 年以上前から GIS を利用していたこともあり、操作の面については特に抵抗はありませんでした。最終的なアウトプットの表現や処理速度も優れています。」とシェアサイクル事業を担当した横浜市道路局道路政策推進課の植竹係長は語る。
市内中心部事業エリアでの移動データの可視化状況
(2024 年 3 月末時点)
GIS を活用してシェアサイクルのポートの位置情報やカバーエリアおよび移動データが市内全域で可視化できたことにより、駅やバス停から一定距離離れている地域にとってシェアサイクルは重要な移動手段となり、公共交通の機能を補完する役割を担っていることをあらためて確認することができた。シェアサイクルの事業者と利用者へ同時にマップを共有することで、今後ポートを整備する必要があるエリアについて、公民で共通認識を持つことが可能になった。
また、シェアサイクルの移動需要を容易に把握することができるため、民有地にポートを設置するかを検討する地権者の意思決定をサポートできるだけでなく、民間企業等のマーケティング活動の高精度化や最適化を支援し、店舗の新規出店等による地域の活性化にもつながることが期待される。
ArcGIS を活用した検証の結果、シェアサイクル事業を公民連携で実施することの意義をあらためて認識できる事例となった。
横浜市シェアサイクル
事業移動データマップ
アクセス用 QR コード
横浜市は、今後も GIS を活用してシェアサイクル事業を推進していく。横浜市が掲げる『横浜市シェアサイクル事業実施方針』では、 2034 年度末までに、市内における市街化区域内のポート密度を約 4 ポート/km(ポート数 1,414 か所、ラック数約 10,000 台)にすることを目標指標とし、シェアサイクルによる市内全域での移動の利便性をさらに向上させることを目指している。
シェアサイクルは、日常生活の通勤通学、買物やレジャーはもちろん、観光や業務利用などの多様な目的に利用可能である。これらの目的で利用できるよう、鉄道駅周辺、商業施設、行政施設、レジャー観光スポットなどの移動の目的地となる施設にバランスよくポートを設置していく必要がある。これらポート配置の最適化も GIS での分析が効果的だ。 将来的にはシェアサイクルによる移動の GPS データを GIS で分析・可視化し、自転車通行空間の整備にも活かしていくことで、安心・安全なシェアサイクル利用環境の創出を目指している。
道路政策推進課 係長 植竹 氏(中央)
係長 伊藤 氏(右) 寺本 氏(左)