課題
導入効果
2022 年(令和 4 年)に高等学校において「地理総合」が必須科目となり、GIS の概念を理解することが教員・生徒にとって必要となった。しかし、従来の GIS 教材は高度な技術や PC の操作が必須であり、GIS の利用経験の少ない教員が教えることは容易ではない。この状況を打破すべく、徳島大学と徳島県立富岡西高等学校(以下、富岡西高等学校)、ESRIジャパンでは、カードゲーム形式の GIS 教材「GIS カード®」の共同開発を進めてきた。富岡西高等学校での地理総合の授業を実践の場として、GIS カードを使用したワークショップを行い、GIS カードの教育効果を検証し、その成果を基にした授業計画の作成を目指している。
教育現場における地理教育の必修化に伴い、GIS の重要性が増している。
しかし、従来の GIS 教育では高度な知識や複雑なPC操作が必要で、情報機器が整備されていない学校や、GIS に不慣れな教員にとってはハードルが高かった。
そのため教員が GIS の概念を教えること自体が難しく、教育の質にばらつきが生じていた。こうした背景から、情報機器が整備されていない環境でも簡単に GIS の概念や有用性を教えることができる教材の開発を模索していた。
徳島大学では 20 年以上 ArcGIS を活用しており、その信頼性と実績が評価され、また富岡西高等学校が ESRIジャパンの「小中高 GIS 利用支援プログラム」に申請していることから、 ArcGIS が無償で利用できる環境であった。高度な分析ができるデスクトップ版の ArcGIS Pro とクラウド版の ArcGIS Online の連携がスムーズであり、プロフェッショナルな分析結果をそのままクラウド上で再現できる点も ArcGIS 選定の理由としてあげられる。また、ノーコードで Web アプリを作成できる ArcGIS Experience Builder や、現地調査アプリの ArcGIS Survey123 などのツールを使って、Web マップの作成やデータ収集を効率的に行うことができる点も評価された。これにより GISの専門知識がない教員や生徒でも簡単に地図作成やデータ分析が可能である。
さらに、ArcGIS の豊富なアプリケーション群を活用することで、GIS カードを教材として利用する幅が広がり、さまざまな教育ニーズに対応できる点も大きなメリットだと徳島大学の西條氏は話す。
地理教員が直面する課題解決のために開発された「GIS カード」は、GIS の基本概念をゲーム感覚で学べるように設計されたカードゲーム型教材である。この教材は、ジョブカード、レイヤーカード、地域課題カードの3種類のカードで構成されており、チーム対抗で地域課題を解決するための最適なレイヤーの組み合わせを考える。
・各カードの役割
ジョブカード:ゲーム内での役割を決めるもので、専門家と市民に分かれる。専門家は「自然環境」「資源と産業」「人口・村落と都市」の 3 種類があり、それぞれの分野に応じたレイヤーカードを選ぶ。市民は、専門家が選んだレイヤーカードの組み合わせ(提案)に対し、採用/不採用を最終判断する決定権を持つ。
レイヤーカード:全部で 31 種類あり、GIS のレイヤー構造を模倣している。たとえば「自然環境」には「活断層図」や「洪水浸水想定」などが含まれる。レイヤーカードにはレア度が設定されており、特定の条件下で重要となるレイヤーほどレア度が高くなる。
地域課題カード:解決すべきミッションが書かれており、難易度は初級、中級、上級の 3 段階に分かれる。ミッションは、帝国書院の『新地理総合』で紹介されている事例を参考に設定しており、GIS を用いた地域課題の解決に適している。カードの裏面には正しいレイヤーの組み合わせが記載されており、答え合わせができるようになっている。
・ゲームの進行
① 各チームはジョブカードを選び、専門家と市民の役割を決定する。
② 専門家は自分の分野に応じたレイヤーカードを受け取り、地域課題カードに書かれたミッションを解決するために必要なレイヤーの組み合わせを考える。
③ 組み合わせが決定したら「GIS !」と発声し、地域課題カードを裏返して答え合わせを行う。
④ 正解の場合、レイヤーカードは回収され、地域課題カードはチームの得点となる。不正解の場合、レイヤーカードは手持ちに戻され、再度挑戦する。
⑤ これを 40 分間繰り返し、最終的に得点の高いチームが優勝となる。
このように、GIS カードはゲームを通じて GIS のレイヤー構造やその有用性を自然に理解させるとともに、思考力や問題解決能力を養うことができる教材となっている。情報機器が整備されていない環境でもカードデータを紙に出力するだけで使用できるため、どんな学校でも導入が可能である。また、カードゲーム化することで授業に取り入れやすくなった。これにより、GIS 教育のハードルが大幅に下がり、多くの生徒が GIS に興味を持つきっかけとなった。
2023 年(令和 5 年)8 月に富岡西高等学校で GIS カードの実験ワークショップを行った。ワークショップの前後に実施したアンケート結果から、GIS カードを通じて GIS の基本概念や活用方法を生徒たちが具体的にイメージできるようになったことが判明した。たとえば、ゲーム前は「GIS とは何か分からない」という回答が多かったのに対し、ゲーム後は「地理情報を詳しく地図にまとめたもの」や「地理的な条件に応じた課題解決に役立つもの」といった具体的な回答が増えた。
また、実際の GIS ソフトウェアでの操作の前にカードゲームを行うことで、その後の PC 操作がスムーズになり、GIS ソフトウェアの操作に対する抵抗感が減少したという声もあがった。GIS カードの導入により生徒たちの GIS に対する理解が向上し、GIS の具体的な活用法について認識が深まった。
GIS カードワークショップ後に
GIS ソフトウェアを体験している風景
今後は GIS カードをさらに発展させ、より多くの教育現場で活用できるようにすることが目標だ。
具体的には地域ごとの特性に合わせた多様なパターンの開発や、防災や環境保護など特定のテーマに特化したカードセットの作成を考えている。
また GIS カードを使った授業プログラムを基礎編、応用編、実践編の 3 段階に分けて整備し、段階的に GIS の知識と技能を習得できるようにすることも目指している。
GIS カードを使って基本的な概念を学ぶ基礎編から、生徒自身が考えた地域課題を基に実際に GIS ソフトウェア上で主題図を作成するという応用編をイメージしている。これにより、生徒たちは GIS の概念と実践をバランスよく学ぶことができる。さらに、GIS カードは高校生だけでなく、大学や地域住民のワークショップ、企業の研修プログラムなど、教育現場以外での活用も視野に入れている。異なる年代や専門分野の人々が一緒に学び、ディスカッションを通じて理解を深めることができるため、GIS の知識が広く普及し、地域社会全体の地理情報リテラシーの向上も期待している。
徳島大学 西條真結乃 氏(写真左から2番目)
佛教大学 塚本章宏 教授(中央)
徳島県立富岡西高等学校 四宮博樹 氏(右)
徳島大学 夏目宗幸 准教授(写真左)