課題
導入効果
北海道東部地域には、オオワシ、オジロワシ、タンチョウ、シマフクロウなどの希少な鳥類が生息している。これらの希少鳥類が高病原性鳥インフルエンザ(以下、鳥インフルエンザ)に感染し、感染が拡大すると、大量死による絶滅のリスクが高まる。2021 年(令和 3 年)の冬には、根室市でカラスやカモなどの一般鳥類に鳥インフルエンザの感染個体が確認され、特にカラス類の死体が多数回収された。希少鳥類への感染拡大を防ぐためには、鳥類の生息状況調査の結果を基に、希少鳥類と一般鳥類が密に接する要注意地域を把握する必要がある。
コンサベーション GIS コンソーシアムジャパン(以下、CGISJ)は、NPO 法人 EnVision 環境保全事務所、酪農学園大学、一般社団法人コンサベーション・インターナショナル・ジャパン、 ESRIジャパン株式会社の 4 者で構成され、生物多様性の保全を目的として活動する組織である。CGISJ は ArcGIS Online を活用して、鳥インフルエンザ感染拡大の高リスク地域を探るために根室市内で調査活動を行う方々と連携し、参加型調査を実施した。
CGISJ は、鳥類の観察情報を共有し、分布を可視化する仕組みを構築した。
希少鳥類が鳥インフルエンザに感染する可能性が高い場所を特定するには 2 つの課題があった。
1 つ目は、鳥類の分布情報の「共有方法が煩雑であった」点である。これまでの分布調査では、記録内容や記録方法が調査参加者ごとに異なり、情報の伝達には主に電話やメールが使用されていたため、複数の関係者で正確に情報を共有する仕組みが確立されていなかった。
2 つ目は、鳥類の分布情報が「可視化できていない」ことである。鳥インフルエンザ感染拡大の高リスク地域を明らかにするには、希少鳥類だけではなく、ウイルスを媒介している可能性のある一般鳥類の分布と重ねて把握することが重要である。
しかし調査参加者には分布情報を地図上に可視化する手段が共有されていなかったため、希少鳥類と一般鳥類の接触密度が高い場所を特定することが困難であった。
そこで、ArcGIS Hub を活用し、調査参加者全員が ArcGIS Online を使用できる環境を整備した。ArcGIS Hub は、 ArcGIS Online のコミュニティアカウントを配布できるライセンスであり、オープンデータの公開やフィードバックの収集、住民とのコミュニケーションができる双方向型プラットフォームである。ArcGIS Field Maps などの現地調査アプリを追加費用が発生せずに調査参加者自身が使用できるようになった。そのため、参加者を募りやすく調査活動の円滑な実施に繋がった。
また、実際に鳥インフルエンザが発生した際には、周辺施設への風評被害などを考慮して位置情報は一般に公開されないことが多い。ArcGIS Online を使用することで、調査参加者間のみで具体的な位置情報を共有できる点は大きなメリットである。
< 分布調査実施時のアプリ入力画面>
発見した鳥類の種ごとに個体数を入力できる。
入力された分布情報は ArcGIS Online 上に蓄積される。
① 鳥類の分布情報の共有
調査時に発見した鳥類種や個体数などの情報を、ArcGIS Field Maps から簡単に入力できる。この情報はマップ上に表示されるため、位置情報と共に他の参加者の調査結果も確認できるようになった。
② 希少鳥類と一般鳥類の分布情報の重ね合わせ
調査結果として蓄積された約 40 種の鳥類を、ArcGIS Dashboards を用いて“ワシ類などの希少鳥類”と“カラス・カモ類などの一般鳥類”に分類し可視化した。
これによりワシ類とカラス類が集中しているエリア、つまり「鳥インフルエンザ感染拡大の高リスク地域」が一目瞭然となった。
< 調査結果確認用ページ>
ワシ・カラス・カモ類を分類して可視化したマップや、調査結果地点数を種ごとに確認できるグラフ、
各調査結果地点の詳細情報(調査者や発見鳥類および個体数)などを同時に確認できる。
< ワシ・カラス・カモ類を分類して可視化したマップ>
希少鳥類と一般鳥類が接触する可能性がある地域が明らかになった。
調査結果を地図上に可視化したことで、ワシ類とカラス類が集中している地域が明らかになった。特定の地域で鳥類が集まる要因を分析したところ、観光客向けのワシ類への餌付けや、氷下待網漁(こおりしたまちあみりょう)の際に生じる雑魚の残滓(ざんし)が、鳥類を誘引していることが示唆された。
集まっている鳥類の中にウイルス媒介個体がいた場合、フンなどの排泄物を介して他個体へ感染が広がる可能性が懸念された。このような感染リスクを回避するためには、餌付けの中止や残滓の適切な処理など、人為的な要因を排除することが重要だと考えられた。
そこで調査参加者は、分布調査の結果を可視化した地図を用いて“感染リスクの高い地域”を明示し、“餌付け中止や残滓処理の徹底”を求める必要があることを行政機関に提示した。これにより、観光事業者・漁業者への迅速な注意喚起につながった。
希少鳥類などの分布情報は、鳥インフルエンザ発生時だけではなく、平常時から蓄積・整理しておくことも重要である。
CGISJ では他にも、希少鳥類の分布情報を収集するプロジェクトを実施中である。オジロワシ・オオワシについては、毎年実施されているカウント調査にて、個体数や行動などの情報を蓄積している。近年生息地が拡大しているタンチョウについては、個体数や成長段階などの情報を通年で収集している。このように、さまざまな調査結果の集約が可能となった最大のポイントは、全調査参加者が ArcGIS Online という共通のシステムを利用していることである。
今後も ArcGIS Hub を使用して、さらに多くの調査参加者に協力を呼びかけることで、鳥類の分布情報を広域かつ高頻度で収集していきたいと考えている。そして、鳥インフルエンザ発生時には、これら蓄積された情報を活用して感染の高リスク地域を予測するなど、多様な用途に役立てられることを期待したい。
さらに、これら鳥類の分布情報の蓄積の仕組みが調査参加者間だけではなく、行政機関(国・地方自治体)や市民団体との組織間での情報共有にも活用されることを目指したい。その実現に向けて、関係機関とのシステム連携を推進していきたいと考えている。
EnVision 環境保全事務所
工藤 知美 氏