課題
導入効果
近年、シカ、イノシシなどの野生鳥獣による農作物被害額は、全国的には減少しているものの、熊本県における被害件数は依然として多く、全体被害金額が 5 億円を超える状況となっている。これらの被害の大きさから、営農意欲を失った農家の離農も増えており、耕作放棄地の増加にもつながっている。また、耕作放棄地は野生鳥獣の恰好の餌場や隠れ場所であることから、野生鳥獣の繁殖、増加を生み、農産物への被害がさらに増加するといった悪循環を生んでいる。
熊本県を拠点に鳥獣被害対策活動やジビエファームの運営を行う株式会社イノP(くまもと☆農家ハンター。以下、イノP)は、ESRIジャパンと共同して熊本県の令和 4 年度(2022 年度) DX 公募実証事業へ応募し、『「くまもと DX グランドデザイン」ビジョン実現の方向性に資する実証事業』のひとつとして採択された。
同社は、活動フィールドである熊本県宇城市三角地区にて IoT、ドローン、GIS といった最新の技術を活用して鳥獣被害の現状を可視化し、実態の把握、「総合的な鳥獣被害対策を講じるための情報プラットフォーム」の検討、実証を行った。さらにはこれらの取り組みから農家経営の安定化、地域産業の活性化を目指し、地域社会の担い手育成につなげていこうとするものである。
熊本県宇城市三角地区では、これまでに地域の若手農家から構成される「農家ハンター」の取り組みにより、ワナによるイノシシの捕獲数は増えていた。しかし、農作物への被害そのものが減っているかは、被害に関する情報を取りまとめていないため、効果を定量的に把握できなかった。また、近年はシカによる森林食害や平野でのカモ被害なども激増し、これら問題に対する効果的な対策を検証することが課題となっている。
これらの課題を解決するため、これまでドローン撮影やセンサーカメラの設置など最新の IoT 機器を取り入れた多くの対策を行ってきたが、各機器から得られた情報がバラバラに管理されていたため、調査結果を集約した複合的な鳥獣被害対策に繋がっていないことが新たな課題として見えてきた。
イノP と ESRIジャパンは、2019 年より共同で鳥獣被害対策における GIS の活用を模索していた。その中で、「クラウド型 GIS」である ArcGIS Online は外部のシステムや多種多様なデータコンテンツと柔軟な連携が可能であり、県や市町村が持つ有害鳥獣の情報、イノP が取得する IoT 機器の計測データ、ドローン撮影データなどを集約、共有する情報共有プラットフォームとして最適であった。
同社は異なるシステムで管理される異なる形式のデータを ArcGIS Online で可視化するいくつかのアプリケーションを構築した。
① 捕獲報告データの可視化アプリ
従来、猟師などの捕獲者から市町村の窓口に届け出される捕獲情報は、市町村および県では Excel の文字情報として管理していた。そのデータに含まれる捕獲場所の位置情報である「5km メッシュ番号」を用いて地図上に可視化した。これまで文字情報としてのメッシュ番号だけでは把握できなかった位置を直感的に地図上で可視化し、県全体での対策に活用できる環境を構築した。
② 捕獲報告および確認アプリ
③ 自動無人撮影カメラ 連携アプリ
さらに、イノP が所有する、ハイク社の自動無人撮影カメラ「ハイクカム」で撮影された写真と地図を連動させたアプリを作成した。それぞれのクラウド環境との WebAPI 連携により、異なるシステム間のデータ連携をローコードで実現できた。同様の IoT 機器との連携ができれば、異なるシステムでも共通のプラットフォーム上で情報を確認することができ、シームレスな鳥獣対策が行えるようになる。
④ドローン動画と地図の連携アプリ
夜間に行動する鳥獣や、昼間でも目視が
難しい鳥獣の個体群に対し、ドローンによる可視光および熱赤外線画像での動画撮影を行い、GIS 上での可視化を試みた。今回はリアルタイムでの連携には至らなかったが、データを都度タイムリーに連携させることで、目視把握の難しい個体群管理にも役立たせる目的である。
本プロジェクトでは特定地域での実証であったため、次には県全域など広範囲なフィールドでの検証を行っていきたい。ArcGIS は、さまざまな外部サービスとの連携が可能なプラットフォームであることから、各専門分野のソリューション(画像生成 AI サービス、ドローンデータ解析サービス、RPA 等)との連携を進めていくことで、さらなる活用が見込まれる。今後は本 DX 実証事業で形にすることができた産学官民連携の鳥獣対策 DX のモデルを、県内の他の市町村へと確実に拡げていきたいと考えている。