課題
導入効果
福岡県では、福岡県生物多様性戦略を策定し、生物多様性保全に関するさまざまな施策を進めている。本戦略では、県民の生物多様性保全への意識醸成と行動変革を大きな課題の 1 つとして捉えている。そこで、生物多様性に関する情報を一元的に発信・提供するホームページとして、福岡県生物多様性情報総合プラットフォームを 2022 年(令和 4 年)2 月に立ち上げた。
このホームページの「生きもの情報マップ」コーナーでは、希少種や外来種などの生物分布情報、自然公園や鳥獣保護区などの保護区域図、植生図などを公開している。
これらのマップの基となる調査データは、位置精度やフォーマットがデータごとに異なっており、それらを統一された公開用フォーマットに落とし込む作業に多大な労力がかかっていた。その作業をワンクリックで実行できるシステムを ArcGIS で構築した。
さらに、野外調査データの効率的な取得を目的に、野外で位置情報の取得やデータ入力ができる野外調査アプリを開発した。
生物多様性に関する地理情報を一般公開するにあたって、2 つの課題があった。
①一般公開用の Web システムがない
複数のレイヤーを重ね合わせて Web 上で表示でき、データの属性が容易に閲覧可能で、背景地図を衛星画像などに切り替えられるなど、ユーザーフレンドリーな公開システムがなかった。
②生物分布データの集計・管理に労力を要する
福岡県が保有する生物多様性関係の地理情報のうち、生物分布データについては、県の各種調査やレッドデータブック改訂に係る調査、市区町村や専門家等からの情報提供などにより、データが頻繁に追加される。しかし、位置精度や入力フォーマットが異なるため、データ統合には、手作業での再入力や内容の再確認を行う必要があった。また、希少種については、詳細な位置情報の公開が乱獲等につながるおそれがあることから、詳細な位置情報は公開せず、3 次メッシュごとに希少動植物の種数を公開している。そのため、データが追加されるたびに再集計を行う必要があり、これらの作業に多大な手間がかかる上、入力ミスや集計ミスのリスクもあった。
福岡県生物多様性情報総合プラットフォームのトップ画面
「福岡生きものステーション」
前述の課題解決のため、以下の特長を持つ ArcGIS を採用した。
多様な情報を簡単に一般公開可能
ArcGIS Online には Web 公開用のアプリが複数あり、柔軟にカスタマイズできるため、用途に合わせ短期間で開発が可能である。また、高度なスキルがなくてもノーコードでアプリを編集・構築できるため、アイデア次第でさまざまな事業に活用できる。
データ集計作業の効率化
既存データのフォーマットを最大限に活用し、生物分布データを収集・管理・分析するシステムとして ArcGIS Pro を使った。ArcGIS Pro は複雑なデータを扱う上でも動作が安定しており、保健環境研究所における高度な解析やシミュレーションなどに活用できる。
また、ArcGIS Online を使用し、オフライン環境下でもデータを入力できる野外調査アプリの開発を実現した。
生きもの情報マップ(上)と
外来種コーナーの個別種の解説ページで
公開している分布3次メッシュ図(下)
分布地図はホームページの 2 か所で公開することにした。1 つは「生きもの情報マップ」コーナーである。ArcGIS Web AppBuilder を使って約 20 種類のレイヤーを公開し、多くのレイヤーをユーザーが自由に重ね合わせて閲覧できるようにした。もう 1 つの「外来種」コーナーでは、県の侵略的外来種 304 種の種別に、生態や写真、分布地図を掲載する仕組みを検討した。既存のデータベースには侵略的外来種以外にもさまざまな生物種の分布データが混在しているため、データベースの中から種名で地図を指定して表示できる ArcGIS Dashboards を採用した。
一般公開して 1 年も経たないが、これまで紙での情報しかなかった保護区の情報や 3 次メッシュの地図が詳細に確認できて便利、という声や、外来種の種別の分布データが閲覧できて参考になる、という声をいただいている。
次に、さまざまな地理情報を管理するシステムを保健環境研究所内の ArcGIS Pro 専用 PC に構築した。また、ArcGIS Survey123 を用いて、システムと連携した生物分布調査アプリを開発した。
生物分布データの入力・管理・分析の省力化を図るため、まず、ジオプロセシングツールを使って、ワンクリックで属性が一括入力されるモデルを作成した。モデルの内容は、緯度経度を基に市区町村名と 3 次メッシュ ID が入力されるものと、生物の種名と高次分類群名(例:植物、哺乳類、昆虫類など)から、科名・学名等の分類情報や希少性などの付随情報が入力されるものである。後者は、あらかじめ県内に生息する生物リストを Excel で作成しておき、それに紐づけるようにしたため、リストの内容変更時にも柔軟に対応できる。
次に、ワンクリックで 3 次メッシュ内の種数を植物・動物ごと、希少種・外来種・その他の種ごとに集計して地図が生成されるモデルを作成した。ここで作られた 3 次メッシュ地図の一部がホームページで公開される仕組みとした。
このような処理の自動化を導入したことにより、データ管理の大幅な省力化が図られただけでなく、入力・操作ミスを防止することにもつながった。
今後、より多くの情報が集積されることで、生物多様性保全上重要な地域の分析や、生物多様性の変化状況の面的な把握など、より多角的な分析に展開したいと考えている。
また、県民や専門家など多くの方から広く情報提供を受けられる仕組みを検討するなど、ArcGIS の多様なアプリが持つ可能性を最大限に活用していきたい。