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ArcGIS Pro アドインの Airflow Analyst による都市の風環境解析

株式会社環境 GIS 研究所 / 九州大学 応用力学研究所

 

詳細に再現された 3D 都市データを用いて新国立競技場の自然換気能力を精緻に評価 新型コロナ対策の判断に活用可能

概要

2021 年(令和 3 年)に新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)パンデミック下で初めて開催された国際スポーツ大会のメイン会場である新国立競技場は、スタンドと屋根部分との間に一定の隙間が設けられており、外部の風をスタジアム内に効果的に引き込むための設計上の工夫がなされている。この風の通り道は、夏場の蒸し暑い時期にフィールドやスタンドの温熱環境を緩和することを目的の 1 つとして設計されていたが、スタジアムの換気性能として新型コロナの感染予防の面でも有効なのか?

これを調べるため株式会社環境 GIS 研究所と九州大学応用力学研究所では Airflow Analyst を用いてスタジアム内の空気の換気解析を行った。

シミュレーションの結果、市街地を流れる風が、スタジアム内部にどの様に引き込まれているかを明らかにした。さらに、観客の呼気を模擬した換気シミュレーションの結果、東京の平均的な
3 m/s の風速で北からの風が吹いていた場合、スタジアムの内部の空気はおおよそ 13 分で入れ替わることが明らかとなり、通風を意図した設計が換気効果を生んでいることがわかった。

ArcGIS 採用の理由

ArcGIS Pro と風況シミュレーションソフトの統合にはさまざまなメリットがある。特に重要な点としては、以下の 4 点になる。

① ArcGIS Proの 基本ライセンスで 3D データの編集と可視化が可能

② アプリが 64bit 対応となりメモリ上限が拡張され、マルチコア対応のため、
  大規模な風況シミュレーション演算が可能

③ BIM データ取り込み、オンラインベースマップの表示、地形や建物の 3D データコンテンツが
  豊富であるため、手間なく複雑市街地のシミュレーションが可能

④ 3D データのレンダリングや探索的解析が洗練されており、美しくわかりやすい都市空間の表現
  が可能

課題解決手法

市街地の換気性能の評価にあたって複雑な都市形状を高精度に再現することが課題となる。そこで、まず都市の 3 次元建物や樹木の形状を再現するために、AW3D という商用 3D データを利用した。また、新国立競技場の複雑な形状の再現には公表されている図面を元に 3 次元 CAD である SketchUp を用いて形状モデルを作成し、それらをマルチパッチ・フィーチャクラスとして ArcGIS Pro に取り込んだ(図1)

図1
図1 3D 市街地モデルの用意

次に、対象地の風況を詳細に分析する必要がある。そのために、競技場を中心に 1.3km 四方を解析領域として設定し、計算格子の作成を行った。計算格子とは流体の計算に必要となる 3 次元のブロック状のメッシュデータのようなものである。

今回はスタジアムの形状を再現するために 1m 間隔と細かめに設定し、約 1,110 万メッシュとやや大規模計算格子数となった(図2)。これらの計算格子を用いて、スタジアムの周辺市街地を通り抜け、その一部がスタジアムの屋根とスタンドの隙間からフィールド内に入り込む全体の流れをシミュレートした。計算時間は 1 風向当たりおよそ 5 時間程度を要した。

図2
図2 計算格子の生成

効果

シミュレーションの結果、風は複雑な渦を伴いながら風上の隙間と天井部からフィールド内部に導かれ、全体を換気しながら反対側の隙間から抜け出ていく現象を GIS 上に可視化することに成功した(図3)。

図3
図3 スタジアムに流入する風の動き(北風)

観客の呼気を模擬した識別用の仮想気体をフィールド内全体に配置し、その仮想気体が流入空気によりどのように拡散・排出されていくのかを定量的かつ時系列的に計測した。その結果、スタジアムの外部で東京の平均的な 3m/s 風速で北からの風が吹いていた場合、スタジアムの内部の空気はおおよそ 13 分で入れ替わることが明らかとなった。すなわち、スタジアムは 1 時間あたり 4.6 回の換気がなされていることを意味し、通風を意図した設計が自然風による換気効果を生んでいると言える(図4)。

図4
図4 スタジアム内に充填した仮想気体の濃度変化

もちろん、この換気量が新型コロナ感染対策として十分であるかどうかについては、実際の入場者数やスタジアム内での活動内容も加味して詳細に検討・評価する必要がある。本記事では北風の場合のみの結果を紹介した。実際の風向や風速は時間や季節によって常に変化している。よってひとつの風向の結果だけでこのスタジアム全体の換気性能を測ることはできない。実用的な手法としては、すべての風向となる 16 方位シミュレーションをあらかじめ計算・蓄積しておき、リアルタイムな風況観測データや気象予報データに基づいてスタジアム内の換気状況を時間ごとに推定する手法が有効となる。このようなリアルタイムの換気条件に関する情報は、施設の運営管理者にとってイベント時の適切な運営計画を検討するうえで有用な情報となるだろう。

今後の展望

近年では世界中の都市で詳細な 3D 都市モデルが整備されており、デジタルツインとしてコンピュータ上で事前に都市計画や社会システムの検討と影響予測に活用される時代を迎えている。これらの取り組みは、新型コロナの流行を契機に、人々の生活がニューノーマルへと変わる中ではさらに重要な役割を担うようになるだろう。地理情報のインフラと IoT センサーが繋がり、都市のあらゆる場所の温度や風況がリアルタイムに取得できるようになれば、都市から建築までのさまざまなスケールでの環境改善にむけてより深い理解とより良い管理が可能となる。これに都市データと風況シミュレーション技術が結びつくことによって、都市や建築の計画者は以下のような安全で快適な空間を作り出すことができるはずである。

世界のデジタルトランスフォーメーション化の流れの中で、地域の風環境を解読できるツールは計画者にとって有用なソリューションとなることが期待されている。

 

プロフィール


株式会社環境GIS研究所
 代表取締役 荒屋 亮 氏(左)
九州大学応用力学研究所
 准教授 内田 孝紀 氏(右)



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資料

掲載日

  • 2022年1月11日