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医療現場における新型コロナウイルス対応 海外事例と今後の課題

ジョンズ・ホプキンス大学、米国ジョージア州など

 

米国ジョージア州における病床と人工呼吸器の需要予測に GIS を活用 ~ 新型コロナウイルスワクチンの効率的、公正な配布を進める上での課題と GIS の可用性

はじめに:2020 年 3 月のパンデ ミック発生から 2020 年秋現在に至るまでの情報共有の取り組み

全世界の新型コロナウイルス感染者数は、2020 年秋には 5,000 万人を超え、ジョンズ・ホプキンス大学が ArcGIS Online で構築した感染状況ダッシュボードで状況を確認された方は多いだろう。2020 年 3 月 11 日に WHO がパンデミックを宣言する以前、全世界の感染者が 500 人にも満たない 2020 年 1 月末のころからこのダッシュボードは新型コロナウイルス感染拡大の危険性を世界に発信し、現在も依然として人々に注意を喚起している。

ジョンズ・ホプキンス大による感染状況ダッシュボード
ジョンズ・ホプキンス大による感染状況ダッシュボード

ジョンズ・ホプキンス大学が先鞭をつけたこのような感染状況の共有は、世界各国で ArcGIS Online を活用し行われている。日本においては、ジャッグジャパン株式会社がまだ国内の感染者数が 50 人に満たない 2020 年 2 月に早くも「都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ」を公開し、中国、韓国を含むアジア各国、ヨーロッパ各国、南北アメリカ大陸各国、またアメリカ国内では州レベルのダッシュボードの公開が相次いだ。

ジャッグジャパン株式会社による都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ
ジャッグジャパン株式会社による都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ

アメリカでは、2020 年秋における感染者数の累計が 1,000 万人を超え、世界の累計感染者数の 20% を占める深刻な状況に陥っている。米国 Esri 社は感染拡大の傾向を郡レベルで可視化する「Esri CovidPulse」ダッシュボードを 2020 年 9 月に公開している。このダッシュボードは、週ごとに感染者数、死亡者数、累積感染者数の折れ線グラフを各郡のマップ上に表現することでその地域の傾向を一瞥で理解できるように工夫されている。

Esri CovidPulse
Esri CovidPulse

次のセクションでは、感染急拡大のさなか、GIS を活用し医療体制の最適化を図った米国ジョージア州の事例を紹介する。

医療体制を確保するための取り組み:米国ジョージア州

米国ジョージア州では、州内で 60,000 件以上の新型コロナウイルス感染が確認された時点で、州知事のブライアン・ケンプ氏は、病床の需要予測に基づいて、ジョージア州の医療能力を急増させるべきかどうかの判断を迫られていた。そこで新型コロナウイルスデータ分析タスクフォースが招集され、ジョージア州の医療制度の能力を高めるために外部からの支援を要請すべきかどうかの検討がスタートした。ジョージア州の地理空間情報責任者でありタスクフォースのメンバーであるスーザン・ミラー氏は、「利用可能な病床(一般および集中治療室(ICU)のベッド)と人工呼吸器の数を正確に把握する必要がありました。これらすべてのリソースの状況を理解し、さまざまなシナリオの下で感染者が病院に殺到する可能性があるかどうかを調査する必要がありました。そして、州の意思決定者は、現在の適応能力を理解するだけでなく、この前例のない危機が近い将来どうなるかを予測する必要もありました」と語った。タスクフォースは、病院管理者がデータベースに蓄積されたデータを簡単に閲覧し現状を把握するためのソリューションを必要としていた。作業をすぐさまスタートし、スプレッドシートに蓄積されたデータを元にデータベースを構築し、グラフィカルに表示することで現状把握は可能になり、ケンプ知事に対する助言を行うこともできた。しかし、病床と人工呼吸器の需要予測は依然として困難だった。病床と人工呼吸器の需要予測モデルの開発のために、ジョージア工科大学やマサチューセッツ工科大学などさまざまな機関の協力を得ながら、ペンシルベニア大学の新型コロナウイルス病院影響モデル(CHIME)のデータと、ワシントン大学の保健指標評価研究所(IHME)モデルが活用された。モデリングの結果を視覚化するために、開発チームは ArcGIS Insights を選択した。

ArcGIS Insightsを活用した予測モデルの視覚化
ArcGIS Insights を活用した予測モデルの視覚化

ArcGIS Insights を活用することで、空間および非空間の分析を探索的に繰り返し実行できるようになった。「私たちが ArcGIS Insights を選択した理由は、膨大なデータに基づいた意思決定を行うための単一の仕組みが必要だったからです。モデルのさまざまな組み合わせを見て、州内に 14 か所ある地域病院のカバーエリアごとに分解して、現在のキャパシティと対応能力を予測値とともにより深く理解できるようにする必要がありました」とミラー氏は語った。ArcGIS Insights を活用することで、タスクフォースはさまざまなモデルの出力を 1 か所にまとめて迅速かつ効率的に視覚化し、意思決定者が簡単に利用できるようにした。「州当局者にとってデータを可視化する機能は信じられないほど便利であるのに加え、作業時間の節約は天文学的なものでした。私は州当局者の部屋に座って、彼らが ArcGIS Insights の可視化機能を使って結論を導き、意思決定を行う現場に立ち会いました。分析機能と可視化機能は非常に強力で、意思決定を効果的に支援していました」とミラー氏は述べている。「以前なら導き出された洞察や、モデリングチームの作業結果にアクセスすることができなかったであろう人たちに透明性を持ってデータを渡すことができるようになりました」と続けた。このプロジェクトを通し、州の意思決定者は新型コロナウイルス感染拡大下における病院のキャパシティと感染拡大が進んだ際の適応能力をよりよく理解できるようになり、今後の感染拡大に備えることが可能になったのである。

次のセクションでは、開発が急がれている新型コロナウイルスワクチンの効率的、公正な配布を進める上での課題と GIS の可用性を紹介する。

今後の医療活動を効率的に行うための試み

早ければ 2020 年内に新型コロナウイルスワクチンの配布開始が予定されているため、世界中の政府は、ワクチンを大規模に配布する準備ができている必要があるだろう。これには、ワクチンの氷点下での保管要件を満たす冷凍庫の確保、脆弱なコミュニティの支援、告知・連絡体制の確立など多くの課題が含まれる。
そしてこれは、歴史上最も複雑で世界的な予防接種の実施になるだろう。パンデミックが始まって以来、2020 年を通じて、政府および感染症対策の担当者は、前述のようにデータ共有、分析、および計画策定のために GIS テクノロジーを活用してきた。そして、同じ GIS アプローチがワクチンの配布においても不可欠であることは明白だろう。ワクチン配布の優先順位と、告知に関連する計画を調整したり、物流とサプライチェーンの容量と運用を分析したりするなど、すべての取り組みにおいて GIS は、効率的で公正なワクチン配布の計画、実施、および管理を支援するための基盤となるだろう。すでに、米国では保健社会福祉省(HHS)が国防総省(DoD)および米国疾病予防管理センター(CDC)と連携して、2020 年秋に暫定的なワクチン配布のガイドラインを発表している。GIS は、ワクチンの迅速かつ透明性をもった配布、安全な管理、リアルタイムなトレーサビリティの担保を実現する IT システムの不可欠な部分であり、ワクチン配布の取り組みの中心的な役割を果たすことが期待されている。その取り組みの中で、GIS が以下の 5 つの課題領域で威力を発揮するであろうと考えられている。

1.ワクチンの保管と配布が可能な施設の特定
ワクチンの接種プロセスにおいて潜在的な施設をマッピングすることは、その地域で対応可能な接種対象人口を特定するための最初のステップである。現在開発中の 2 つの主要なワクチン候補は両方とも冷蔵が必要であり、一方は摂氏 -70 度での超冷蔵が必要である。この種の冷蔵施設は、大規模な病院、研究施設、および一部の大規模な薬局に存在し、通常すでに他のワクチンを投与している施設である可能性がある。よって、これらの大規模な施設は、ワクチン配布プロセスのフェーズ 1 で活用されるだろう。

ワクチン提供施設と対応想定世帯
ワクチン提供施設と対応想定世帯

この段階では、ワクチン接種の対象者は限定され、新型コロナウイルスに感染した患者に直接曝露する可能性のある医療現場で働く人々、社会活動に不可欠な仕事に従事する人々、たとえば救急隊員および警察官、食品および流通従事者、教師および学校職員、保育士などが含まれる。流通プロセスのフェーズ 2 では、より多くのワクチンが利用可能になると予想される。このフェーズでは、職場、診療所、病院、保健所、小売店、高齢者センターなどでの接種が必要になってくるだろう。

2.接種を優先する集団の特定および優先順位付け
ワクチンの供給量はすぐには十分ではないため、利用可能な分量を戦略的かつ倫理的に分配することが重要になるだろう。次に優先されるグループは、癌、糖尿病などの基礎疾患を持っている人々、65 歳以上の高齢者などが含まれる。優先順位付けの 3 番目のグループは、ウイルス感染に脆弱な、たとえば、身体障碍者、ホームレスなどの社会的弱者、移動手段を持たない人々などが含まれる。ワクチン配布の担当組織は、総人口と各優先グループの人口を把握し、その人口のうち何人が予防接種会場に容易に来ることができるのかを確認することが必要になる。すべてのニーズが確実に満たされるように、優先グループの人数、施設の収容人数、ワクチンの供給量を一致させることが重要になる。

ワクチン提供施設と人口分布ダッシュボード
ワクチン提供施設と人口分布ダッシュボード

3.アクセスのギャップ特定および代替配布オプションの策定
潜在的なワクチン接種施設の特定と、対象集団の優先順位付けを行うと共に、需要と供給のギャップを確認し、緩和のためのシナリオを作成する必要があるだろう。ワクチン配布計画のフェーズ 2 では、優先的な集団に含まれない人々でワクチン接種を希望する人々がワクチン接種会場の収容能力を超えてしまう可能性がある。また計画された接種会場に来ることが難しい人々をカバーするために、GIS を活用し便利な場所に特別な接種場所を設ける、あるいは、訪問型ワクチン接種チームを配置するなどの工夫が必要になるだろう。

PPE在庫状況ダッシュボード
PPE 在庫状況ダッシュボード

5.透明で正確なコミュニケーションの提供
ワクチン接種が始まると、計画の進捗確認、トラブルの監視、およびワクチン接種を受けたグループの追跡など、全体のプロセスがどの程度機能しているか確認する必要があるだろう。初期段階で透明性を担保すればワクチン接種のプロセスは信頼され、ワクチン接種のための各種リソースを各地域に割り当てるために必要な情報が提供されるだろう。ArcGIS Hub は、地域住民を含む利害関係者の情報交換、共有に必要なコミュニティエンゲージメントプラットフォームとして特別に構築されており、ワクチン接種に関連するデータ、マップ、およびアプリへのアクセスを提供する。たとえば、イリノイ州レイク郡のデータハブは、その地域の重要な新型コロナウイルス関連情報を提供している。

ArcGIS Survey123 による PPE 在庫状況報告アプリ
ArcGIS Survey123 による PPE 在庫状況報告アプリ

世界中の政府および対応組織は、ワクチンを配布するための計画を立てる際に、これら 5 つの課題領域において滞りなく対応する必要がある。効果的な予防接種キャンペーンを推進し、ワクチン配布プロセスに対する国民の信頼を強化するには、コミュニケーションを明確に、かつ透明性の高い方法で実施する必要がある。2020 年秋の段階でワクチンはまだ利用できないが、パンデミック発生から今日までの対応に学んだ教訓は、ワクチンの大量配布においても GIS の活用が必須となるということだろう。

 

本稿は、以下米国 Esri 社記事を基に再構成された(2020 年 11 月)
「Georgia Forecasts Hospital System Capacity during COVID-19 Pandemic with Data Analytics Software」
「How GIS Can Help Leaders Achieve Equitable, Speedy Vaccine Distribution」 18 Case Studies Vol.17

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掲載日

  • 2021年1月6日