課題
導入効果
国有林は日本の国土の約 2 割を占めているが、その多くは奥地の急峻な山脈に分布しているため山地災害発生後の現地調査や山地治山事業計画における荒廃現況調査の際に通信機器のエリア外になることが多い。
また、山地災害発生時に上空からヘリコプターで現況を撮影し、森林管理局などに戻った後に衛星画像等と見比べながら山腹崩壊地の正確な位置を把握するという手法は、人手と時間を要することが課題となっていた。
山地災害は気候変動の影響により今後増加することが予想される。林野庁国有林野部業務課災害対策班は、被害の早期復旧に向けた治山対策の強化を行うため、通信機器のエリア外といった状況下においても、山地災害発生状況の情報収集および応急復旧対策が迅速に可能となる調査手法を検討し、実務で利用できるシステム構築をおこなった。
森林管理局等で行われている現行の現地調査手法では、山腹崩壊地等の正確な位置の把握に時間を要してしまい、応急対策や復旧計画策定の実施に影響が出ていた。
ヘリコプターによる概況把握
1)山地災害発生時に行う上空からのヘリコプター調査
撮影後に衛星画像等と見比べながら山腹崩壊地の位置を把握しており、多くの人手と時間を要している。
2)通信機器のエリア外での調査
山地災害発生後の現地調査や山地治山事業計画における荒廃現況調査の際に既存のスマートフォン用調査アプリを導入できない。
3)迅速・正確な情報共有
調査で取得したデータは、取得する機材や整理の仕方が統一されておらず、情報共有の手段も電話やメールで行うことが多いため迅速に正確な被害状況を把握しづらい。
山地災害に迅速に対応するための仕組みに必要な以下の要件を満たすプラットフォームとして ArcGIS を採用した。
1)オフライン対応可能なアプリであること
ヘリで上空から行う調査や、国有林野のオフライン環境下でも利用できる必要がある。
2)マルチプラットフォームに対応していること
現場と事務所の間でデータのやりとりがスムーズにできることが重要であることから、システム間のやりとりが複雑でないことや、機種に依存せずに利用できる必要がある。
3)データ更新や機能変更にも柔軟に対応できる開発環境であること
災害対応の方法や調査項目は災害の種類や調査目的によって変化する可能性があるため、発災後のデータ更新作業やアプリへの機能追加、改良が容易にでき、OS のアップデートにも左右されずに継続して利用できる必要がある。
4)多様なファイルフォーマットに対応していること
災害対策は、他省庁や都道府県といった様々な主体が整備したデータを活用しながら行うことから、多様なファイルフォーマットの取得に対応している必要がある。
左から
地図閲覧用アプリ(ArcGIS Collector)
データ取得用アプリ(ArcGIS QuickCapture)
山地災害カルテの作成支援アプリ(ArcGIS Survey123)
まず初めに山地災害発生後の業務フローを把握するため、迅速な災害対応に必要となる要件を整理した。林野庁国有林野部で整理されている災害発生時の業務対応フローの分析を行い、対象とするプロセスの明確化をおこなった。
応急復旧対策の迅速化を実現するため、各関係主体や他の機関が取得・整備した情報をリアルタイムに共有するためのクラウド基盤である ArcGIS Online を導入した。
山地災害発生状況については、オフライン環境でも利用可能な複数の現地調査用モバイルアプリ(ArcGIS Collector、ArcGIS Survey123、ArcGIS QuickCapture)をベースに、作業目的に合わせたカスタマイズを行うことで対応することとした。
特に、ヘリコプターによる概況調査においては上空を高速移動しながら現場を確認しデータを取得する作業が求められることから、ボタンをタップするだけで移動軌跡や位置情報および撮影方位付きの写真が取得できる ArcGIS QuickCapture を採用することとした。
「令和 2 年 7 月豪雨」においてアプリ群を活用した調査を実施した結果、通信困難エリアで取得したデータが通信可能エリアに入った段階で瞬時にクラウド基盤(ArcGIS Online)に共有され、撮影箇所や写真が自動的に地図上に表示されることが確認された。また、それらの結果は、森林管理局や林野庁本庁だけでなく、同様のクラウド基盤を有する災害時情報集約支援チーム(ISUT)とリアルタイムに連携可能なことを実証した。
山地災害発生後の概況把握、現地調査、復旧計画という一連のフローにおいて、クラウド基盤上に複数のアプリを構築しそれらを状況に応じて使い分けることで、情報収集および応急復旧対策の迅速化に資することが実証された。
特にヘリコプターによる概況調査においては、リアルタイムに写真撮影位置と撮影方向、および移動経路が国有林や保安林等の地図情報と重ね合わせて確認できるようになったことにより、従来調査後に多大な時間と労力をかけて行っていたデジタルカメラの写真と衛星画像等による災害発生箇所の特定作業が大幅に削減される結果が得られた。
調査結果閲覧ダッシュボード(ArcGIS Dashboards)
今後は、地域をまたぐ大規模な災害や複数地域での同時多発的な災害の場合の情報整理の方法やシステム運用体制を確立することが課題となる。
また、取得したデータについては、治山施設の設計や減災対策といった領域への利活用も期待される。
今回実証された組織内外での情報共有に加え、国有林 GIS 等の他のシステムと連携するための検討や、実務利用により明らかになったシステムの機能改善を行うことで、より実用的なシステムを目指す。