課題
導入効果
皇學館大学
三重県伊勢市にキャンパスを置く皇學館大学では、「伊勢志摩定住自立圏共生学」教育プログラムをはじめとして、伊勢志摩地域を中心とした地域連携や地域貢献を果たすことのできる人材育成に取り組んでいる。GIS はそうした地域連携や人材育成に効果的なツールであるものの、教育・研究の両面で GIS の導入は十分ではなかった。
同大学では 2016 年(平成 28 年)以降、 GIS 教育および研究のプラットフォームとして、ArcGIS の導入が図られるようになった。2017 年(平成 29 年)からは、「GIS Day in 伊勢」が開催されるようになり、地域に対する GIS 教育と GIS の普及活動も展開されている。2019 年(令和元年)には、「GIS 学術士」資格に対応するカリキュラムが文学部コミュニケーション学科で開始され、GIS 教育が本格的に展開されてきている。また、学内への GIS の普及も進み、GIS を用いた共同研究も展開されているだけではなく、ArcGIS Online の活用によって、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大に伴う社会の変化に関する最新の GIS 分析結果の発信も行われている。
これまで、皇學館大学では、地理学や GIS を学ぶ体系的なカリキュラムがなく、ICT 機器を活用する学生のスキルも不足していた。また、2022 年度(令和 4 年度)からの高等学校における「地理総合」の必履修化に備え、高校地歴免許取得希望者に対する GIS 教育の必要性があった。
GIS を活用する教員がそれほど多くはなかったため、GIS 研究が積極的には行われてこなかった。また、地域に関する様々な研究成果を発信するためのプラットフォームもなかった。
ArcGIS は、様々な用途に活用できる総合的な GIS プラットフォームであり、教育機関向けのパッケージを提供しているなど、導入しやすい状況にあった。また、文系学生が多く、ソフトウェアのインストールや使用時に様々なトラブルが発生することが想定され、日本語によるヘルプが充実している点で ArcGIS は非常に魅力的であった。
ArcGIS の導入以降、2017 年からは既存科目に GIS 教育を取り入れてきた。また、2018 年(平成 30 年)には、コミュニケーション学科の学生と桐村助教(当時)、教育開発推進センター(当時)の板井准教授(当時)が三重県明和町と協力して、町内の「山の神」と呼ばれる碑の GIS データを作成し、「「山の神」アプリ」として公開した。2020 年(令和 2 年)からは、文学部コミュニケーション学科で、(公社)日本地理学会の「GIS 学術士」資格の対応科目として GIS 実習 Ⅰ・Ⅱ が開講されている。GIS 実習 Ⅰ では、ArcGIS Pro を使用する予定であったが、COVID-19 の拡大に伴いオンライン授業となったために、急遽 ArcGIS Online が活用された。ArcGISOnline は学生の PC 環境を問わずに利用でき、十分に充実した GIS 教育を行うことができた。
GIS Day in 伊勢 講習会の様子
また、2017 年から毎年、地域や学生などに対する GIS 教育と GIS の普及を目指した「GIS Day in 伊勢」が開催されている。
外部講師を招いた GIS 教育・研究に関する講演会と、GIS 講習会が開催されており、GIS 講習会では、自治体・まちづくりコースと、「地理総合」必履修化に向けた高校地歴コースの 2 コースが基本となっている。
学内での GIS 利用促進のため、2017 年には東京大学空間情報科学研究センターの研究会が皇學館大学で開催された。また、ESRIジャパン協力のもと、教員に対する GIS 講習会兼相談会が開催された。
このような取り組みに加え、GIS 教育の展開や GIS Day の開催を通して、GIS 研究のネットワークが学内外で拡大するようになり、学内での研究利用が増えつつある。学内で行われている主な GIS 研究は、Twitter データの空間的な分析、法人番号データに基づく宗教法人データベースの構築と神社周辺人口の将来推計などである。
ArcGIS Online は、このような GIS 研究に関する研究成果の公開や共有のプラットフォームになるものである。例えば桐村准教授は、COVID-19 の拡大に伴う人々の行動の変化を可視化するために、ArcGIS Web AppBuilder を利用して、位置情報付き Twitter データに基づく「Twitter ユーザーの 1 日単位の市区町村内移動ユーザー率マップ」を作成、公開している。このマップからは、COVID-19 の拡大に応じて、Twitter ユーザーが長距離移動しなくなった状況などが読み取れる。データは随時更新されており、直近の状況を把握できるようになっている。
GIS 教育の展開により、GIS 学術士資格への関心が高まっており、資格取得を希望する学生も多くなっている。卒業研究などでの GIS 利用も増えてきており、GIS が活用できる人材が育成されつつある。また「GIS Day in 伊勢」は継続して開催されてきており、参加者は年々増加してきた。三重県教育委員会の協力も得て、現役高校教員の参加も増えている。
加えて、学内での GIS の普及が進み、新たな共同研究も生まれた。その成果の一部は、2019 年に刊行された『ツイッターの空間分析』(桐村喬編、古今書院)にもまとめられている。2020 年には、「歴史 × GIS 研究会」と称して、神道学科の板井教授、コミュニケーション学科の桐村准教授、国史学科の長谷川助教が参加し、伊勢市を中心とする地域の様々な歴史資源を GIS 化し、活用する試みが進められている。
2023 年(令和 5 年)春には、「GIS 学術士」資格に対応したカリキュラムの最初の卒業生を送り出すことになる。また、その頃には、GIS を活用できる人材がコミュニケーション学科だけではなく、それ以外の学科にも育つと考えられ、皇學館大学における GIS 教育は次のステップに移ることが予想される。GIS 研究についても同様であり、学内での共同研究が進むことで、三重県における GIS 教育・研究拠点の 1 つとして、さらなる飛躍が期待できる。