課題
導入効果
福島県の太平洋沿岸北部に位置する南相馬市は、東には太平洋、西には阿武隈山地と豊かな自然の恵みを活かした水産業や農業が盛んである。古くは馬の産地としても栄え、現在ではその歴史を受け継ぐ相馬野馬追という勇ましい祭りが毎年 7 月に行われており、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
2011 年の東日本大震災で被害にあった南相馬市では、農政課が中心となり、復興に向け農業を盛り立てていくため、農家が安心して農業に従事できるようにイノシシやハクビシン、サルなどの有害鳥獣による農作物への被害を未然に防止する取り組みとして、ArcGIS を活用した有害鳥獣の目撃や捕獲情報の収集と、市民向けの情報公開を開始した。
南相馬市経済部農政課(以下、農政課)は、農林水産業の再興に向けて「担い手の確保・育成」、「販売・消費の回復・拡大」、「安全性確保のための放射性物質対策の推進」、「市内消費者との交流推進」を掲げ、直面する農林水産業の担い手不足や農地・農村環境の維持などに取り組んでいる。地域農業の再開に向けて、有害鳥獣被害の対策が求められる農政課では、営農再開とともに増加してきたイノシシやハクビシン、サルなどの有害鳥獣による農作物や人身への被害の発生を未然に防止する対策を検討していた。有害鳥獣に関する住民からの目撃情報や、捕獲隊員からの捕獲情報は、市内の原町、鹿島、小高の各地区の担当職員のもとに届けられ、市内での捕獲件数は 2016 年度に約 2,900 件、2017 年度には約 1,700 件に上った。
農政課では以前より有害鳥獣の目撃や農作物の被害に関して、鳥獣の種類、雄雌、目撃・捕獲があった位置情報を記録し、県へ報告をしてきた。2017 年春ころから集めた情報を元に鳥獣対策の立案や住民や農家へ情報提供する方法について検討を開始した。
対策の検討では、日々住民や農家から報告される有害鳥獣の目撃・被害の場所と状況を簡単に記録でき、かつその情報をタイムリーに住民や農家向けに提供するよう公開までの作業を迅速に行えることが求められた。また、有害鳥獣の目撃・捕獲情報は定期的に県へ報告しているが、その際に目撃・捕獲の位置情報として使用されるメッシュコードに変換する機能も必要との意見もあった。
農政課では、これらの要件を満たし、かつコストも抑えられることから、2017 年度にクラウド GIS の ArcGIS Online を導入し、利用を開始した。
有害鳥獣に関する目撃情報や捕獲、痕跡の確認については、日々報告が上がっており、その情報を効率よく記録できることが求められた。ArcGIS Online に付属する WebApp Builder を活用し、Web ブラウザの入力フォームに必要な情報となる、鳥獣種類、個体の大きさや重量、雄雌、目撃・捕獲した地点の項目を簡単に入力できるようにした。
日々上がってくる目撃や捕獲の情報は、市内の原町、鹿島、小高の 3 つの地区を担当する課員がそれぞれの地区分の情報を入力フォームからシステムへ登録し、その情報は「南相馬市有害鳥獣ハザードマップ」として、市民や農家が閲覧できるようになっている。「南相馬市有害鳥獣ハザードマップ」は、2018 年 7 月に公開され、市のホームページからアクセス可能で、PC、スマートフォンから閲覧することができる。公開された情報は、対策の一つとして有効である侵入防止柵の設置箇所検討の判断材料としても利用できるようになった。
「有害鳥獣ハザードマップ」 が公開されたことは県内の自治体として初の試みであったことから新聞にも取り上げられた。それをきっかけに、農政課には、市民からの反響も寄せられ、さらに他の自治体担当者から「有害鳥獣ハザードマップ」についての運用方法や公開方法などの問い合わせを受けるようになった。継続的にマップへのアクセスがあることから、市民や近隣自治体からの関心が得られ、マップの公開が市民に向けた有益な情報提供の手段であることもわかった。
また、公開情報は ArcGIS Online のクラウド上で管理されているため、3 つの地区の職員がそれぞれのタイミングで入力し、リアルタイムで共有することができ、離れた場所でも業務をスムーズに行うことができた。
まずはこれまで収集してきた有害鳥獣の目撃・捕獲情報を元にして、出没が多いエリアを把握し、柵の設置場所や範囲の検討と優先付けを行っていく。また、日々増加する目撃・捕獲の情報を効率的に把握するために、ダッシュボード機能の利用や、時系列でのデータ管理など、ツールや運用の改善にも取り掛かろうとしている。
また、「有害鳥獣ハザードマップ」の公開を通じて、地図の活用が有効であることがわかったので、有害鳥獣対策以外でも政策立案の材料となる情報の分析や、市民向けの情報公開での GIS の活用を構想している。
農政課では、南相馬市の農業を盛り立てていくため、農家が安心して農業に従事できる環境作りに向けて、今後も GIS を活用していくことを考えている。