2014 年 3 月 8 日、インド洋の南側でフライトレーダーから姿を消したマレーシア航空MH 370便(MH 370)の捜索活動は、オーストラリア政府により指揮され、大量の海洋データの収集、海底面の地形図の作成のもと、分析調査が行われました。調査に携わったオーストラリアの政府機関 Australia Geoscience が、調査の全貌や調査結果をストーリーマップで紹介しています。
※画像をクリックするとストーリーマップ に飛びます
2014 年 3 月 8 日、マレーシア航空 MH 370便は、クアラルンプール(マレーシア)から239人の乗員乗客を乗せて北京(中国)に向かって離陸しました。航空機が最後に位置情報を発信した後、予定されていた北京へ向かう方向とは異なる方向に方向転換を行い、マレーシア半島を横断した末にフライトレーダーから姿を消しました。
衛星地上局との交信を調べた結果、MH 370 はフライトレーダーから消えた後およそ6時間は飛行を続けていたことが明らかになりました。衛星通信との最後の交信があった場所と照らし合わせて、MH 370 は上記地図上に示される弧のどこかに落ちたのではないかと推測されました。
捜索対象地域は、マレーシア半島の周辺、南シナ海、アンダマン海に焦点を当て、墜落した可能性が高いとされていた弧の線上からそれぞれ 100 海里(およそ 185 km)の幅に絞られました。
MH 370 の捜索では、合計 710,000 平方キロメートルにわたる広範囲でデータの収集が行われ、史上最大規模の海洋調査ともいわれています。さらに、海底面の調査がここまで詳細に行われたことは特筆すべき点です。
一般的に、世界の深海はほとんど調査されていません。ソナー技術でマッピングされているのは、海洋のわずか 10 ~ 15 % のみです。(参考:海底調査)
捜索対象地域も、それまではソナー技術での調査が行われたことがない地域で、衛星データから読み取れる程度の水深情報しか得られておらず、低解像度の地図しかありませんでした。
第1フェーズの調査により、調査対象地域周辺のエリアでは初めて高解像度のデータが整備され、これまでの地図よりも 15 倍以上精度の高い地図を作成することができました。
これにより、今までわかっていなかった海底の特徴も明らかになりました。陸地から遠く離れているエリアにもかかわらず、海底には高さ 1,500m の広大な山脈や、深い渓谷、土砂崩れなど、様々な海底地形の様子が発見されました。
また、第 1 フェーズでは、後方錯乱データ(Backscatter data)も取得しました。後方錯乱データとは、ソナー装置が発信した信号が海底に当たって戻ってきた際に、信号の強度を測定して、海底の状況の分類(硬い岩なのか、柔らかい堆積物なのかなど)をするために使用されるものです。第2フェーズで海底の捜索を行う際に、より詳細に調査すべき対象があるかどうかを事前に把握しておくために使用されました。
MH 370 捜索対象地域における海底の主要な地質学的特徴は約 12,000km もの長さがあるブロークン海嶺(Broken Ridge)です。4000 万年以上前に地殻変動によって生まれました。科学者たちの間ではブロークン海嶺の存在は既に知られていましたが、今回の調査により初めて、ブロークン海嶺によって隔てられている南北のエリアの地質が全く異なることがわかりました。赤い色ほど海底が浅く(海山、山脈など)、オレンジや黄色を経て色が青くなるほど海底が深い(渓谷など)ことを示しています。
消息を絶った MH 370 を見つけるためだけに行われた調査でしたが、調査対象地域周辺においては初めて高解像度のデータが得られたということもあり、科学界にとっては非常に興味深い結果となりました。
新しく得られたデータは、地質学的に新しい発見があっただけではなく、そのほかの様々な分野にとっても重要な価値があると考えられます。例えば、海底地形の特徴を識別できたことは、海洋と生息環境のモデリング分野にとっては非常に重要であり、また、気候や津波のモデリング分野では、今後研究を行っていく上で重要になる海底の状況の変遷についての既存知識を補完するような知見でした。
第 2 フェーズでは、自動航行の調査潜水艦が使用されました。装置に搭載されたサイドスキャンソナーおよびマルチビームソナーを使用して、12 万平方キロメートル以上の範囲において高解像度のデータを収集しました。要調査個所については個別に近づいて詳細調査が行われました。
サイドスキャンソナーにより取得されたデータ。色の濃さで地質の硬さを表現しています。
サイドスキャンソナーのデータは海底から戻ってきた高周波数の信号の強さを測定します。この調査で得られるデータにより、第 1 フェーズで得られたデータよりもはるかに高解像度の海底画像を作成することができます。
サイドスキャンソナーのデータは、1 メートル未満の解像度があるため、海底の小さな特徴でも検出することができ、周辺の環境と少しでも違うものがあれば特定することができます。地質の違いだけでなく、人工物の特徴も把握することができます。
この調査により、海底に多数の難破船が発見されました。他、クジラの骨や、船舶のものと思われるケーブルなども見つかりました。とても小さな物まで発見されていることから、海底調査の精度の高さがうかがえます。
マレーシアの調査チームは、MH 370 ではないかと想定される破片を 20 個以上収集しています。MH 370 のものであるとは断言はできていませんが、その可能性は高いと考えられています。破片は、アフリカの東海岸と南海岸や、マダガスカルの東海岸、マダガスカル近くの島々(モーリシャスなど)で見つかっています。ストーリーマップの地図上のポイントをクリックすると発見された破片の写真を拡大することができます。
オーストラリア政府 連邦科学産業研究機関(CSIRO)は、破片の発見された位置情報をもとに、ドリフトモデリング分析という分析を行った結果、この分析で推定されたMH370の墜落場所は、これまでの調査で導き出されていた対象地域とほぼ一致していました。
MH370の破片が流されていく様子をシミュレーションした結果 (動画)
最先端の科学技術や高度なモデリング分析を駆使し、持ちうる限りの専門知識を総動員して調査は行われましたが、捜索活動では MH 370 を発見することはできませんでした。2017 年 1 月、マレーシア政府、オーストラリア政府、中国政府は捜索活動を中止するという苦渋の決断に至りました。今後、さらなる技術進化によって新しい情報が発見され、ゆくゆくは MH 370 が発見されることを願っています。