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ArcGIS Proアドイン Airflow Analyst で都市の風環境解析が容易に

株式会社環境 GIS 研究所・九州大学応用力学研究所

 

COVID-19 パンデミックは世界中の生活様式を一変させました。人間の呼気から発する飛沫が主な感染経路であることが判明してから、ソーシャルディスタンスの確保、外出や移動の制限、マスク着用や手洗いなど、生活様式の変容が強く求められてきました。人々の生活がもとへ戻るまでには当面の期間を要すると考えると、人々が集まり活動する空間の換気を促進させることは、リスク低減策としてニューノーマルとなるでしょう。世界保健機構(WHO)は COVID-19 対策のロードマップに建物の換気の改善を明記しています。しかし、駅、スタジアム、屋外オープンスペース等の不特定多数が集まる屋外や半屋外の空間では、機械式の空調システムだけで換気を制御することは困難です。こうしたことから、自然風による換気を把握し、活用していく工夫が不可欠と言えます。

 

■ 複雑な換気解析作業を GIS で大幅に簡素化

数値流体シミュレーション(CFD)技術は、空間の換気性能を評価する上で有用なツールです。例えば、スタジアムを通過する風は人間が想像するよりもはるかに複雑な渦を伴う流れを形成しており、これを勘や経験だけで定量的に予測することは不可能です。CFD は流体の動きを支配する物理的な方程式を解くことで、この複雑な流れを予測できます。ところが、多くの都市や建築の計画者にとってこの CFD を計画検討の支援ツールとして活用することは、専門性が高く解析手順に習熟する必要があり、とても敷居の高いものでした。 この課題を解決するために我々は Airflow Analyst を開発しました。Airflow Analyst は ArcGIS で動作する世界初の CFD ツールで、汎用的な地形や 3D 建物の GIS データ、BIM(Building Information Modeling)データをそのまま活用し、様々な風の現象を簡単にシミュレートできるエクステンション ソフトウェアです。屋外の風環境の解析に特化した流体解析アルゴリズムにより、CFD に関する技術的な知識が少なくても計画者自らが解析を行うことができます。

図1
ArcGIS Pro のアドインある Airflow Analyst は、
3 次元都市モデルや気象データ用いて屋外や半屋外の風環境を評価できるツールです。

このアルゴリズムの中身について少し詳しく説明しますと、乱流モデルとして LES(Large Eddy Simulation)と呼ばれるものが採用されています。このアルゴリズムによる解析は、予測精度は高いものの多くの計算時間を必要とするモデルであると専門家の間では認識されていましたが、Airflow Analyst ではマルチコア CPU や GPU に対応しており、汎用的なパソコンでも数時間という現実的な計算時間で解析結果を得ることができます。その解析結果の予測精度は、長年にわたる風洞実験で検証されています。

このツールによって、公共空間の感染対策を検討したり、高層ビル周辺のビル風(強風)を対策したり、化学工場での事故などによる有毒ガスの拡散範囲を予測したりと、施設の計画者や管理者に必要となりうる風に関係する情報や、代替案による効果の程度などを GIS 上で得ることができ、様々な計画立案に反映させることが可能になります。

 

■ 大規模空間における換気予測のケーススタディ

2021 年、COVID-19 パンデミック後初めて開催される国際スポーツ大会のメイン会場である新国立競技場は、スタンドと屋根部分との間に一定の隙間が設けられており、外部の風をスタジアム内に効果的に引き込むための設計上の工夫がなされています。この風の通り道は、夏場の蒸し暑い時期にフィールドやスタンドの温熱環境を緩和することを目的の一つとして設計されていましたが、スタジアムの換気性能として COVID-19 の感染予防の面でも有効なのでしょうか?
これを調べるため我々は Airflow Analyst を用いてスタジアム内の空気の換気解析を行いました。まず都市の 3 次元建物や樹木の形状を再現するために、AW3D という商用 3D データを利用しました。また、新国立競技場の複雑な形状の再現には公表されている図面を元に 3 次元 CAD である SketchUp を用いて形状モデルを作成し、それらをマルチパッチ・フィーチャクラスとして ArcGIS Pro に取り込みました。

図2
本ソフトウェアを用いて、東京新国立競技場内部の自然風による環境を分析しました。

次に我々は、競技場を中心に 1.3km 四方の領域を解析領域として設定し、計算格子の作成を行いました。計算格子とは流体の計算に必要となる 3 次元のブロック状のメッシュデータのようなものです。今回はスタジアムの形状を再現するために 1m 間隔と細かめに設定し、約 1,110 万メッシュとやや大きな計算格子数となりました。

図3
流体計算のために生成する計算格子数は
およそ 1,100 万点におよび比較的大規模なシミュレーションになります。

これらの計算格子を用いて、スタジアムの周辺市街地を通り抜け、その一部がスタジアムの屋根とスタンドの隙間からフィールド内に入り込む全体の流れをシミュレートしました。計算時間は 1 風向当たりおよそ 5 時間程度かかっています。
シミュレーションの結果、風は複雑な渦を伴いながら風上の隙間と天井部からフィールド内部に導かれ、全体を換気しながら反対側の隙間から抜け出ていく現象を GIS 上に可視化することに成功しました。

図4
スタジアム外の風は複雑な動きをしながらスタジアム内に流入します。
(注:スタジアムの屋根は一部非表示にしています。)

観客の呼気を模擬した識別用の仮想気体をフィールド内全体に配置し、その仮想気体が流入空気によりどのように拡散・排出されていくのか定量的かつ時系列的に計測しました。その結果、スタジアムの外部で東京の平均的な 3 m/s 風速で北からの風が吹いていた場合、スタジアムの内部の空気はおおよそ 13 分で入れ替わることが明らかとなりました。すなわち、スタジアムは 1 時間あたり 4.6 回の換気がなされていることを意味し、通風を意図した設計が自然風による換気効果を生んでいると言えます。

図5
シミュレーションより平均的な風速である 3m/s の北風が吹いた場合、
スタジアム内の空気は約 13 分で入れ替わることが明らかになりました。

もちろん、この換気量がコロナ感染対策として十分であるかどうかについては、実際の入場者数やスタジアム内での活動内容も加味して詳細に検討・評価する必要があります。
本ケーススタディでは北風の場合のみの結果を紹介しましたが、実際に風向や風速は時間や季節によって常に変化しています。よってひとつの風向の結果だけでこのスタジアム全体の換気性能を測ることはできません。実用的な手法としては、すべての風向となる 16 方位シミュレーションをあらかじめ計算・蓄積しておき、リアルタイムな風況観測データや気象予報データに基づいてスタジアム内の換気状況を時間ごとに推定する手法が有効です。このようなリアルタイムの換気条件に関する情報は、施設の運営管理者にとってイベント時の適切な運営計画を検討するうえで有用な情報となるでしょう。

 

■ 安全で快適な都市空間の新しい創造方法

近年では世界中の都市で詳細な 3D 地図データが整備されており、デジタルツインとして都市計画や社会システムの検討と検証に活用される時代が近づいています。COVID-19 の流行を契機に人々の生活がニューノーマルへと変わる中ではさらに重要を担うようになるでしょう。地理情報のインフラと IoT センサーが繋がり、都市のあらゆる場所の温度や風況がリアルタイムに取得できるようになれば、都市から建築までの様々なスケールでの環境改善にむけてより深い理解とより良い管理が可能になります。
これに都市データと風況シミュレーション技術が結びつくことによって、都市や建築の計画者は以下のような安全で快適な空間を作り出すことができます。

世界のデジタルトランスフォーメーション化の流れの中で、地域の風環境を解読できるツールは計画者にとって有用なソリューションとなるものと確信しています。

Airflow Analyst の評価版は、ArcGIS Marketplace で取得できますので、ぜひお試しください。

 

プロフィール


株式会社環境 GIS 研究所 代表取締役 荒屋 亮 氏(左)
九州大学応用力学研究所 准教授 内田 孝紀 氏(右)


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掲載日

  • 2021年7月29日