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事例

蚊の生息密度マップで感染症被害を防ぐ

熊本大学 文学部

 

地理空間情報を用いて蚊の生態に着目

概要

蚊は地球上で最も多くの人間を殺す生物であり、年間約 70 万人以上が亡くなっている。深刻な感染症を媒介し、多くの人の命を危険にさらす蚊の生態は、解明されていない点が多い。 熊本大学 文学部 米島准教授は 2000 年の東海豪雨で自宅が床下浸水した際に「水害の際には消毒をしないと病気が発生するのではないか」という疑問を持った事がきっかけで、日本脳炎やデング熱等の感染症を媒介する蚊の研究を行っている。 本研究では、現地調査で捕獲した蚊のデータや地図データを ArcGIS Desktop と ArcGIS Spatial Analyst を使用して、蚊の生息密度を推定する分析を行った。Twitter のつぶやきデータを使って蚊との接触に関する分析も試みている。

課題

現地調査で捕獲した蚊
現地調査で捕獲した蚊

蚊は人間の身近に生息しており、生態研究はされているが、分からない事が多い生物である。蚊の季節消長に関しては衛生動物学を中心に研究が行われている。一方、地域を着眼点とした研究は日本ではあまり重視されておらず、米島准教授は蚊の発生数には地域差があり、地域の中に蚊が発生し吸血に集まる要因があると考えている。そこで、蚊の発生要因の特定を自身の研究テーマとして活動している。 米島准教授の研究室では人的及び経済的なコストの問題で一つのエリアに対して蚊の調査を限られた狭い範囲のみでしか行えない状況があった。しかし、研究を更に進めるために限られたリソースの中で広範囲な蚊の生息密度マップを作成する必要があった。 また、蚊の分布予測は既に気温を利用した研究があるが、特定の期間に人が蚊に刺された回数や刺されやすい場所といった人と蚊の接触に関するデータを用いた分布予測の研究を目指している。

ArcGIS 採用の理由

現地調査で捕獲した蚊のデータ以外にも現地で自ら調査した土地利用の現況を記述した紙地図や衛星画像、住宅地図等さまざまな地図データを取り扱っている。そのため、データから必要な要素をレイヤーとして容易に分析するために ArcGIS Desktop が必要であった。 現地調査のデータを使用した研究ではリソースに制約があるため、限られたポイントデータから広範囲のエリアを地図上で推測する必要がある。そのためには、データが存在していない範囲に対して値を補間して連続的なサーフェスを作る ArcGIS Desktop のエクステンションである ArcGIS Spatial Analyst が有効であった。 また、自身が受け持つ授業でも ArcGIS を使用しており、「ArcGIS はユーザインタフェース上にアイコンが表示されているので視覚的にわかりやすい。他の GIS ソフトと比較すると GIS を触れたことが無い学生や先生からの評価が高い」と語った。

課題解決手法

研究対象地域に設定した複数の地点でドライアイスを使ったトラップと網で蚊を実際に捕獲し、蚊の種類や個体数の違いを調べた。ArcGIS Desktop を使って、現地調査で調べた土地利用の情報や衛星画像から土地被覆図を作成した。そして、現地調査で捕獲した個体数と土地被覆の関係性の統計モデルを作成した。その後 ArcGIS Spatial Analyst のラスター演算機能でデータを重ね合わせて統計モデルに当てはめ、蚊の生息密度マップを作成した。 現在、人と蚊との接触について、Twitter の位置情報付きつぶやきデータの利用可能性を検討している。蚊に関するつぶやきを使って ArcGIS Desktop で地図上にプロットし、蚊に吸血された時に最もつぶやかれた表現を市区町村単位ごとに色分けし分布図を作成した。

効果

蚊の生息ポテンシャルマップ

ArcGIS Spatial Analyst を使用することで労力をかけずに広範囲における蚊の生息ポテンシャルマップを作成することができた。 生息ポテンシャルマップは、感染症を媒介する蚊の密度を示し、病原菌が侵入・活発化した場合に感染症が流行する可能性がある地域を可視化している。作成した図は、蚊の防除や病原体の侵入監視における施策を行う意思決定資料として活用することができると考えられる。

蚊の生息ポテンシャルマップ
蚊の生息ポテンシャルマップ

人と蚊の接触に関する研究

蚊に吸血された時につぶやかれた表現の分布図を作成することにより、全国的には「蚊にさされた」と表現するが、関西など一部の地域では「蚊にかまれた」と表現する傾向がみられた。

Twitter のデータを利用した蚊に吸血された表現の分布図
Twitter のデータを利用した蚊に吸血された表現の分布図

今後の展望

今回は蚊の現地調査データを利用した生息密度についての研究を中心に紹介した。今後は最後に紹介したつぶやきデータを利用した蚊の生息や感染症リスク推定研究の展開を目指している。 また、自治体と協力してお互いが所有している情報を交換し合い、自治体のデータを活用して研究成果を提供できる枠組みを作っていくことも目指したい。

プロフィール


熊本大学 文学部 米島 万有子 准教授



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資料

掲載日

  • 2018年2月21日