課題
導入効果
昨今、人口減少問題や地方創生に注目が集まり、各自治体ではよりきめ細やかな政策が必要となっている。このような背景から、市区町村よりも小さな小地域単位での将来人口推計に対する自治体からのニーズが高まっている。
青山学院大学 経済学部 井上教授は、自治体を支援するシステムとして「全国小地域別将来人口推計システム」を公開した。本システムは青山学院大学で導入している ArcGIS サイトライセンスを利用し、ArcGIS for Desktop でデータの整備や将来人口推計の計算を行い、ArcGIS Online で Web 上に公開した。2015 年から 2060 年までの5年ごとの小地域別将来人口推計を日本全国で網羅しており、このようなデータの公開は日本で初めての試みである。
日本人口学会にて「GIS チュートリアルセミナー」を主催し、多くの自治体関係者と関わりのある井上教授は、自治体(特に規模の小さな自治体)では GIS に不慣れな職員が多い、あるいは GIS の専門職員が定着しないという課題があると感じていた。
そこで、自治体を支援できる Web システムを構築できないかと考え、「GIS による地域人口分析法およびその手法を応用した自治体支援システムに関する研究」で科学研究費補助金を獲得した。
当初は、自治体職員が自治体内の地域人口分析をする際に有用となるシステムを提供する、あるいは Web 上で公開することを想定しており、人口重心や標準距離といった地域人口の指標を簡単に計算するシステム、もしくはデータの公開を検討していた。しかし、地方創生の動きが見られ、地方の人口減少にも注目が高まっていることから、小地域単位での将来人口推計データの提供が最も有用であると考えた。
はじめは井上教授の研究室にサーバーとコンテンツをおいて Web で公開することを考えていたが、システムのメンテナンスの手間や大学にサーバーを置くための高いセキュリティを保つには不安があり、実現は難しかった。本システムのポイントとなる、Web 上で GIS 機能を付加した情報公開、GIS を使えるシステムでの公開、セキュリティが確保されているという 3 点において ArcGIS Online が適していた。
また、好都合なことに、システムの検討中に ArcGIS Online の標準アプリケーション・テンプレートの一つである Web AppBuilder for ArcGIS が登場し、容易に Web アプリの構築・編集が可能になった。青山学院大学では ArcGIS サイトライセンスを導入しているため、ArcGIS Online を使える環境であったことも後押しとなり、本製品でシステムを構築するに至った。
まずは、ArcGIS for Desktop を使用して、データの整備と将来人口推計の計算を行った。データは、政府統計の総合窓口(e-Stat)で公開されている平成 17 年と平成 22 年の国勢調査(小地域)を使用した。将来人口推計の計算を行うには、2 つの年次の小地域の区画が同じである必要がある。しかし、市町村合併等により平成 17 年と平成 22 年のデータでは区画が変更されている箇所があり、それらの区画を統一し、さらに区画内の人口を確定する作業にとても苦労した。
次に、これらのデータを ArcGIS Online 上にアップロードし、Web AppBuilder for ArcGIS を使用して Web アプリケーションとして公開した。
本システムはダウンロードモードと 3 種の表示モードで構成されている。ダウンロードモードでは小地域ごとに将来人口推計がポップアップで確認でき、各自治体の男女 5 歳階級別人口を年ごとに CSV 形式でダウンロード可能である。
表示モードには、高齢化率表示モード・人口密度表示モード・人口増加率表示モードがあり、2015 年から 2060 年まで 5 年ごとに色分け表示している。こちらも区画をクリックすることでデータをポップアップで確認できる。
本システムは現段階では試行版のため大々的に公開されていないが、自治体関係者や研究者を中心に利用者が増え、本システムに関する問い合わせも受けている。
井上教授は「市町村合併が進み、特に地方では自治体が広域化しているため、自治体単位では将来人口推計の精度が粗くなってしまいます。地方創生ということで、きめ細かな政策立案をするためには、さらに細かな単位での将来人口推計が必要になってきています。
このような背景からも、自治体からのニーズが高まっていると感じ、本システムの構築・公開には意義があると実感しました」と語った。
「現在公開しているシステムは試用版であり、できるだけ早く確定版を公開したいと考えています。可能であれば 2015 年の国勢調査のデータに基づいて、データの更新も行いたいです。また、他の研究者からの要望も多いため、なるべく多くの推計手法を合わせて公開したいと思っています」と井上教授は語った。
井上教授は将来人口推計の範囲を世界に広げることも検討している。今回の研究でノウハウが確立されたため、基本的には全世界で適応可能だという。今後は世界の各地域で GIS を用いた将来人口推計の展開が期待される。