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事例

GISを用いたブナ林の長期的な変化と衰退状況の把握

神奈川県自然環境保全センター研究部

 

GISの先端技術とこれまでの研究成果を融合した共同研究プロジェクト -より効果的な自然保護を目指す

神奈川県丹沢山地におけるブナ林の衰退を広範囲・長期間で定量的に把握することにより、ブナ林の再生に向けた保全計画を考える。

丹沢山地におけるブナ林の衰退

現在、丹沢山地の主稜線一帯ではブナ林の衰退が進行している。その原因はオゾンなど大気汚染の影響、ブナの葉だけを食べるブナハバチの大発生、温暖化、少雪化、林床植生の退行、土壌乾燥化などによる水分ストレスなどが複合的に関係すると考えられる。主稜線部の南から南西斜面ではブナ林が衰弱し、草地化したところもある。森林消失に至らないところでも、弱ったブナに対してブナハバチの大発生が繰り返されると、ブナが枯死してしまう。また、このような場所では過密化したシカが稚樹を食べてしまうため、ブナの更新が行われず、将来、ブナを欠いた森林に変容する可能性がある。

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ブナ林の衰退原因

丹沢大山自然再生計画

平成19年に策定された丹沢大山自然再生計画は再生目標として「人も自然もいきいきとした丹沢大山」を掲げている。具体的には豊かな生物や水・土をはじめとする物質循環が健全に保たれた環境を、丹沢大山の復元力と人の新たな技術により取り戻すことで豊かな地域を再生し、次世代に引き継ぐ取り組みを行っている。丹沢山地におけるブナ林の衰退は、丹沢大山自然再生計画において重要な課題である特定課題の一つとして取り上げられており、早急な対策が求められている。

  

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丹沢大山自然再生計画の目標図

  

ブナ林がどのように衰退してきたかGISで把握

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丹沢山地の概要

ブナ林の衰退は丹沢山地のブナ林全体に確認されているが、場所により進行状況が異なっていることが知られている。例えば、鍋割山、塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳などの東丹沢から丹沢中央の主稜線部にかけては衰退・枯死が激しく起きている。一方、衰退が少ないのは、西丹沢の大室山、菰釣山にかけてである。また、衰退の程度もブナ林における草地化やブナの枯死など様々だ。ブナ林の衰退の進行状況や程度が異なるために、今後の効果的なブナ林の保全・再生計画を考えるためには、どこに、どのように、ブナ林が変化・衰退しているのかを定量的に捉える必要があった。

丹沢大山自然再生計画の担い手として研究を重ねてきた神奈川県自然環境保全センター研究部は、より細かな分析を可能にするためにGIS技術の導入を決定。ブナ林研究のためのシステム開発を酪農学園大学環境システム学部(北海道江別市)に依頼し、ここから2団体の共同研究が始まった。酪農学園大学環境システム学部は、環境保全分野での教育研究にGIS利用の数多い実績があり、WebベースのGISを用いた公共情報の共有化を幅広く推進していたことが今回の共同研究につながった。

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ブナ林の草地化
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ブナの枯死

保全センターと酪農学園大学は、ブナ林の衰退状況を多時期・広範囲にわたり定量的に把握するために、多時期の空中写真とGISを用いてパソコン上でステレオ実体視を行うことで、ブナ林の衰退状況とその変化を把握することを試みた。

まず、1970年代から2000年代の4時期における空中写真をデジタル化し、ERDAS IMAGINE 9.3、LPS 9.3を用いてオルソ画像を作成する。次にStereo Analyst for IMAGINE 9.3を用いて、作成したLPSのモデルからステレオ画像を作成し、デジタル写真測量をすることでブナ林の衰退状況の指標となるブナ林の高木本数や草地のGISデータを作成した。さらにArcView・ArcInfoにより、作成したブナ林の高木本数や草地のGISデータについて8つの山頂付近で集計し、衰退状況や変化の特性を把握した。

  

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解析フロー

  

GISを用いてわかってきたブナ林の衰退機構

GISとデジタル写真測量を用いてブナ林の高木本数や草地の状況を把握した結果、高木本数の長期的な変化では、蛭ヶ岳・丹沢山・塔ノ岳では減少傾向を示し、大室山・檜洞丸・鍋割山では高木本数に大きな変化は見られなかった。一方、草地については高木本数と異なる傾向が見られた。例えば、檜洞丸では高木本数に変化は見られないが、草地の面積は増加しておりブナ林の衰退が進んでいると考えられる。

ブナ林の衰退は檜洞丸・蛭ヶ岳・丹沢山で大きいとこれまで言われてきた。しかし、今回GISを用いてブナ林の衰退機構を広範囲・長期的に把握した結果、ブナ林の衰退の程度は地区により違いがあり、ブナ林の衰退の状況を正確に把握するためには様々な高木本数や草地の面積などの指標を使って時空間的に把握する必要があると考えられた。

高木の変化

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草地の変化

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おわりに

自然を保全・再生していくうえで過去を知り、現在を評価した上で、未来を考えていくことは重要だ。GISは様々な情報を空間的に扱うことができ、過去から現在にかけてのデータを作成することが可能なツールである。神奈川県では、丹沢大山自然再生におけるe-Tanzawa情報ステーション(http://www.e-tanzawa.jp/)などでGISを用いた自然環境の把握や評価、政策提言や合意形成におけるGISの利活用を進めている。

  

本研究は「丹沢山地におけるブナ林の衰退機構解明プロジェクト」の成果の一部である。

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右:山根 氏 左:山口 氏


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掲載日

  • 2010年1月1日