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事例

GISを活用した災害時住民避難支援システムの構築と可能性

兵庫県立大学大学院

 

自主防災組織レベルでの災害時住民避難支援システムの構築と可能性

産官学が連携し、災害発生時の人的被害を少なくする

研究室紹介

兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科では政策、行政、経済、経営、医療、看護、福祉、安全および信頼の専門的技術とこれらの分野における情報科学技術の応用に関する複眼的知見を備え、個々の専門分野における情報システムの応用技術に関わる即戦力を備えた人材を育成することを目指している。
特に政策経営情報科学コース(政策情報学領域と経営情報学領域)では、1.電子政府や電子自治体を目指した政策立案や政策評価、2.経営戦略の実現手段としての電子商取引、顧客管理、ナレッジマネジメント、データマイニングの技術開発 3.企業の業務効率向上を支援するための地理情報システムをベースとする情報システムの構築と運用 4.森林資源や自然環境に関わるデータ解析やシミュレーションのための新しい手法の開発など特色のある研究を行っている。
本研究科の有馬昌宏研究室では、阪神大震災の教訓を踏まえ、「災害発生時に何ができるか?」、「人的被害を少なくするには何をやるべきか」などをテーマに研究をしている。また2006年度より兵庫県三木市との共同研究として「GISを活用した災害時要援護者支援システム(以下:本システムとする)の構築」の研究、2010年度より株式会社パスコも加わり産官学が連携した研究活動を行っている。

災害時要援護者支援システム

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図1 要援護者を地図上で
特定して支援情報を獲得
する画面 (架空データ)

近年、地震などの災害では、高齢者等の災害時要援護者(以下:要援護者とする)に犠牲者が多いことから、内閣府は「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」を作成し、市区町村に対して避難支援計画を早急に策定するように求めている。しかし、多くの自治体では、個人情報保護法の壁や組織横断的情報共有を阻害する縦割り行政の壁に阻まれて要援護者名簿の作成・更新が遅れている。要援護者名簿が作成・更新されても、個々の要援護者に避難支援者を割り当てる支援計画設定の段階で困難に直面している自治体が少なくない。
本研究では、GISを活用して地域防災力向上へ向けて、住民、学校、企業、地域外からの従業者などを防災活動に参画させる可能性について検討する。具体的には、「災害時要援護者支援」あるいは「災害時住民支援」をキーワードに、市区町村が個々の住民および自主防災組織や自治会・町内会などの住民組織と協働して「何ができるか」について、災害が迫っている場合の緊急避難情報の伝達の局面、要援護者および住民の避難行動の局面、ならびに災害発生後の避難所の運営・管理の局面に焦点を絞り、GISと情報基盤をベースにした情報システムの活用の可能性を探っている。

 

兵庫県三木市でのシステム開発

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図2 同意書提出者居住地点と自治会別提出者数の主題図

本研究室では、2005年度に兵庫県揖保郡新宮町(現たつの市)で災害時要援護者の所在と支援内容を表示できる本システムのプロトタイプを構築した。2006年度からは、これらの経験を活かし、さらに機能を付加した本システムの構築の可能性を示すとともに地域防災力を高めることを目的に、兵庫県三木市(人口84,361人、25,112世帯、2005年国勢調査調べ)をフィールドに三木市との共同研究を進めてきている。要援護者を支援するには、以下に挙げるシステム機能が必要となる。

  1. 要援護者を特定してその所在の表示
  2. 個々の要援護者に対しての適切な避難支援計画の設定
  3. 災害発生時および災害が迫っている緊急時の要援護者と支援者への連絡
  4. 要援護者と支援者の避難活動の支援と避難完了確認
  5. 避難完了確認ができない要援護者の安否確認
  6. 避難所で必要となる特段の配慮を要する介護・看護・医療処置の把握と対応

これらの機能を提供できる情報システムの設計に際して、データベースの機能と地図表示の機能を組み合わせたシステムを構築した。
システムを構築する上で、研究当初は、関係機関共有情報方式で要援護者のリストを作成していたが、2007年10月より住民の同意方式での要援護者リスト作成へ移行した。そのため、座標データを持つ地番図と住民基本台帳とを住所をキーにマッチングさせて住民の居所がデジタル地図上に表示できる住民世帯地図を作成し、同意書提出者には、居所が即座に認識できる機能を持たせ、三木市へ提出された同意書をスキャニング・デジタル化して、権限を有した三木市職員のみが同意書の内容を閲覧できるようにシステム機能を拡張していった。
このようにGISを活用して要援護者情報を可視化することで、「どこに要援護者がいるか」、「どのような支援が必要か」といった情報を関係者間で共有を図る際に有効であることを示すことができた。

 

防災だけではなく危機管理にも活用

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図3 学級閉鎖情報の提供画面例

本研究室では、災害時住民支援のための研究だけではなく、インフルエンザなどの感染症で学級閉鎖になった学校情報を住民へ迅速に公開することが感染予防行動に及ぼす効果についての研究も行っている。これまで、GISは、健康リスクに対処するために疾病・健康水準の地理的分布を解析する空間疫学の分野においても広く利活用されている。本研究室では、学校保健安全法に基づいてインフルエンザ様疾患発生報告として保健所へ連絡される学級・学校閉鎖情報を小・中学校区別にデジタル地図上で可視化してリアルタイムに提供することが、住民に対する予防行動喚起への効果や医師・看護師など医療関係者に新型インフルエンザなど感染症の流行把握に役立つかどうかの研究も行っている(2008年度の京都府山城北保健所との共同研究)。

見えてきた課題

近年では、個人情報やプライバシー保護の問題に加えて、核家族化などで地域のコミュニティ意識が薄れてきている。以前は、避難所で氏名等を記入してもらうことで対応できたかもしれないが、実際の災害時には、それらを認識して判断できる時間はない。また、生存しているのか、勤務先にいるのかなどの安否確認も容易ではない。
改善策として、事前に個人識別用のICカードやQRコードを作成し、データ管理をすることによってより早く個人識別や安否確認に役立てることが出来た。また、近年ではスマートフォンを使い位置情報を迅速に特定できるような仕組みの構築にも取り組んでいる。しかし、これらのシステムを利活用するかどうかは、各自治体の判断に委ねられている。今回の東日本大震災では、特に津波による被災地域の自治体では停電やシステム障害で情報システムが機能せず、災害時要援護者名簿や住民情報が避難支援や安否確認に有効に活用できなかった。そのため、自治会や町内会単位で構成される自主防災組織の情報活動の支援を視野に入れて、分散型ネットワークで補完しあうシステムの構築を検討しているところである。自主防災組織の平時の活動が活発になれば、安心・安全の確保に加えて地域の活性化も期待できる。

終わりに

本研究室では、開発中のシステムが机上の空論に終わらないように、三木市の協力を得て防災訓練での実証実験と住民意識調査を繰り返してシステムの有効性を検証している。その結果、システムの有効性は評価されても、個人情報を事前登録することによる情報漏洩などへの不安が高いことが判明している。そのため、個人情報の事前登録に不安を感じる住民・要援護者に対しては、個人情報や連絡先などをQRコード化してカードや携帯電話の待受画面として携行してもらい、緊急時に避難所などで読み取って避難完了確認や安否確認に利用するシステムを構築中である。平時の個人情報を共助が必要な災害時にいかにして適切な社会情報へと変換して地域で共有し、減災や安否確認へとつなげて住民の不安を小さくできるかが課題である。

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掲載日

  • 2012年1月1日